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2007年 9月号

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川にまなぶ

安全と防災、地域の歴史を知る

川にかかわる学習は、理科だけではなく社会科や家庭科、国語などの教科でも扱われる。水の力、安全と防災、地域の暮らしや歴史、文化……。現場に出て学ぶ視点を探った。

安全と防災、地球の歴史を知る
1974年9月、台風16号による多摩川の増水で東京都狛江市の民家19棟が流失した「狛江水害」の航空写真。二ヶ領宿河原堰を迂回した濁流が左岸堤防に当たり、長さ80メートルにわたって決壊させ、蛇行して流れている。(国交省京浜河川事務所提供)

水害の体験を伝える

1974年9月2日の深夜に東京都狛江市を流れる多摩川の堤防が決壊、19軒の民家が流された。中学・高校・大学の教師だった横山十四男さんも被害者の1人。80歳を越えたいまも「狛江水辺の楽校」などで子どもたちに当時の様子を伝えている。

「多摩川が普段は思いもよらない狂乱怒濤きょうらんどとうの川になった。葛飾北斎が富岳三十六景で描いた荒波の海にそっくり。波の飛沫が飛ぶ。日本の川は勾配がきついので急に水が増え、ワーッと来るんです」。水害の原因をめぐり裁判となり、勝訴した原告住民の1人でもあった。「200年に1度の洪水に対応してガチガチの堤防をつくるのではなく、人が避難したり、移住したりすることを考える時代になったのではないか」と自然への恐れを忘れない。

1997年、河川法が改正されて河川整備計画を策定するに当たって住民の意見が取り入れられることになった。横山さんは流域の市民団体の意見をまとめたが、これが日本で最初に官民協働でつくった計画となった。「西暦2000年を期に100を超す市民団体が協力して多摩川の生き物や人の利用状況を一斉調査していたんです。その事実を集めることを通じて、意見や主張の違う団体がまとまったのです」と言う。横山さんが後世に伝えたいのは、多摩川を思う住民の共通した心と現在の記録でもある。

狛江の水害記念碑と横山さん
狛江の水害記念碑と横山さん。背後には横山さん宅を含め、建て直された家々が並ぶ。


地域の歴史にドラマあり

NPO法人「多摩川エコミュージアム」前代表理事の長島保さんは、元神奈川県立高校教諭で地域史研究家、地域の歴史を調べるとともに、渡し舟の復活などに取り組んでいる。

「歴史の教科書を開けば、世界四大文明の発祥地はすべて川のそば。食物を育てる水や飲み水は、みな川の水。水を治めようとしてきた人々の歴史には、名も知れぬ庶民たちの力強い歴史が潜んでいる」と話す。

その一例として、長島さんは大正時代の初めの築堤運動を挙げた。災害を起こす大きな川に連続堤防を築くことを政府が決めたものの、多摩川は後回しにされ、洪水に苦しんだ今の川崎市中原区や幸区の農民たちが、「もう待てない」と怒りを爆発。月夜の晩に皆で編み笠を被って命がけの直訴をした「アミガサ」事件だ。「土手ひとつとっても、人間の歴史ドラマが見えてくる。どこの川にもきっといろいろな地域の歴史があるはず。川に行って、子どもたちと一緒に掘り起こしてほしい。地域に根ざす、足元から物事を見つめていく姿勢が身につくと思います」


危険と安全を大人も知る

NPO法人「全国水環境交流会」は、全国の川や水関係の市民団体をゆるやかなネットワークで結ぶ。代表理事の山道省三さんは、これまで多くの子どもたちに川遊びを教えてきた。

「楽しいけれど、少しでも油断すれば危険な目にあう。いくら慣れても川は人間の予想を超えていくので、ハラハラドキドキが続くのだけど、自然に対する謙虚な気持ちも育める。だから、子どもたちを川に連れて行ってほしいですね」

ただ、いきなり川の中に連れて行くのは危険だ。安全の基本はアウトドアの入門書を読むより、できれば現場で直接教わった方がよい。NPOなどが主催する川体験のイベントや講習会などに参加することだ、とアドバイスする。

「今の学校の先生の多くは、きっとプールしか入ったことがないでしょう。川に関する知識は子どもたちと変わらない。だから、子どもたちと一緒に川遊びを体験するのもいいかもしれません。そこで心に残る体験を共有してから、教育に結びつける方法もあるのではないでしょうか」

では、こうした学校の先生と地域の団体との連携によって、多摩川だけでなく、全国ではどのような活動が展開されているのだろうか。全国水環境交流会は毎年7月に「川の日」ワークショップを開催、今年も7月21日から3日間、東京で開いた。水環境にかかわるさまざま取り組みをしている団体が参加、小、中、高校からの児童・生徒も加わってユニークで活溌な地域活動を報告した。

安藤広重の東海道五拾三次「川崎」
かつて多摩川は渡し舟で往来していた(安藤広重の東海道五拾三次「川崎」、国立国会図書館蔵
昭和20 年代、府中市付近で
泳ぐだけでなく、水中騎馬戦も行われていた(昭和20 年代、府中市付近で)(国交省京浜河川事務所提供)
昭和43 年、調布取水堰で
洗剤の泡が川面に広がるほど汚染していた(昭和43 年、調布取水堰で)(同)

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