2020年度 SDGs特集

無人ロボットが拓く海底探査
~Team KUROSHIO地球のラストフロンティア深海への挑戦の軌跡~

掲載日:2020年06月25日
人類未到の海底探査レース「Shell Ocean Discovery XPRIZE」に挑んだTeam KUROSHIOのロボットたち。写真は本番前のギリシャ・カラマタ港におけるテスト航行の様子。
※画像提供:Team KUROSHIO

地球の表面の約70パーセントを占める海。その大半は光の届かない水深200メートル以上の深海だ。ほとんどの海域では詳細な海底地形もわかっていない。そんな中、2015年12月、未知の海底を探査する国際レース「Shell Ocean Discovery XPRIZE」の開催が発表された。無人ロボットだけを使って深海を探査するという、これまでの常識からは考えられないルールだった。しかし、それが若き研究者たちの情熱に火をつけ、後に彼らは準優勝の栄誉を手にすることとなる。日本発の海底探査チーム「Team KUROSHIO」の挑戦の軌跡を辿った。


自分の住んでいる星のことを知りたい

「自分の住んでいる星の形が分からないのって、なんかムズムズしますよね。今はスマートフォンさえあれば誰でも簡単に陸上の詳細な地図は調べられる時代なので、海の地形もよくわかっているだろうと思いがちです。しかし実際は、陸上のような詳細な地図が得られている海域はまだほとんどありません」

そう語るのは日本発の海底探査チーム「Team KUROSHIO」(以下、KUROSHIO)の共同代表の一人、大木健さんだ。

深海は人類最後のフロンティアとして、宇宙と並び称されることも多い。しかし実際は、はるか遠くの月よりもわからないことがずっと多いという。例えば地形だ。地球から38万キロメートル離れた月では、もっとも粗い場所でも10メートルという細かさの地形図を得られている。それに対し、大半の海底は450メートルという解像度の低さでしか地形図を得られていない。

海底の地形図は、水産業や資源探査、地質や生物、そして地震に関する調査など、海の活動のありとあらゆる基礎になる重要な情報だ。何より、海底の地形がどうなっているのか知りたいという純粋な好奇心も、深海に挑戦する大きなモチベーションとなる。

しかし、海底探査には大きな困難が伴う。

深海は光もなく、電波も通じない。そのため、船から海底に向かって音波を出し、そのはね返りで地形を調べる。しかし、海上からの調査では、水深が深くなればなるほど跳ね返ってくる音波をキャッチしにくくなる。そこで自律型海中探査ロボット AUVの出番だ。AUVは海底に接近して音波を出せるため、跳ね返ってくる音波をキャッチしやすくなり、探査データの精度が上がる。その分、1回に探査できる範囲は狭くなるため、広い範囲を調べることは難しい。

何よりも大きな問題はコストだ。AUVを調査海域に運び運用するためにある程度の大きさの船が必要で、燃料費や船員の人件費など、膨大なコストがかかる。

それでもなお、詳細な海底地図に対するニーズは高く、海底探査の高速化・省コスト化には産業界からも熱い視線が注がれている。そのような背景のもと、未知の海底を探査する国際レース「Shell Ocean Discovery XPRIZE」(以下、レース)が開催された。レースには世界中から32チームが参加し、日本からは海洋ロボット開発に必要な技術・ノウハウを備えた産学官8機関が集結した、まさに『オールジャパン』チームであるKUROSHIOが名乗りを上げた。

※「Shell Ocean Discovery XPRIZE」 未知の海底を探査する無人海底ロボットの国際レース。主催は米国XPRIZE財団で、メインスポンサーを石油業界大手のロイヤル・ダッチ・シェルが務めた。

※AUV(Autonomous Underwater Vehicle)とは:
自律型の海中ロボットで、海底に近づき調査することが可能。より高精度な地形図を得られる。音波で通信する。


絶体絶命、決勝ラウンドでまさかのトラブル発生

2018年12月13日、レースの決勝の舞台であるギリシャのカラマタ港に、KUROSHIOのメンバーの姿があった。悪天候で高波が襲う中、競技海域へと向かった2機の無人ロボットからの報告を待つ。深海の底を探査するのは、自律型海中探査ロボット「AUV-NEXT」(以下、探査機)、競技海域まで探査機を引っ張っていく無人の船型ロボット「ORCA」(以下、ASV)だ。

ロボットの位置情報は、陸上の管制局に随時、衛星通信で送られてくる。2機のロボットは高波を乗り越え、数時間をかけて約30キロメートル沖合の切り離し地点に到着した。次は探査機の切り離し。管制局で画面越しに見守るメンバーは慎重に切り離しのコマンドを送った。その直後だった。

「探査機の深度計の値に変化がないぞ!?」

本来、ASVから切り離された探査機は海底に向かって深く潜っていくはずだ。しかし、切り離しの信号を送っても探査機は応答しなかった。ASVにとりつけたカメラで探査機の様子を確認しようにも、時間帯は夜。外は真っ暗で何も映っていない。祈るような思いで何度も信号を送ったが、深度計の表示が動くことはなかった。

※ASV(Autonomous Surface Vehicle)とは:
海中のAUVと陸上を中継する無人の船型ロボットのこと。海中を巡航するAUVを自律して追い、AUVから音響で発信される情報を洋上で受信、衛星通信により、陸上へ送信する。洋上中継器ともいう。


クリスマスイルミネーションをまとって再び海へ

探査機が、ASVから切り離されていない。

チームに動揺が走った。国際レース開催発表からおよそ3年、やっとたどり着いた決勝で、まさか、競技を始めることができないのだろうか。 確認すると、切り離しに失敗したエリアはギリギリ競技海域の外だった。大木さんは、すぐさま審判団に再挑戦を交渉した。結果、主催者の判断でリトライ可能に。翌朝、港に戻ってきた2機を見て、トラブルの原因がわかった。激しい海面のうねりで、ASVから切り離し指示を送るための電線が切れていたのだ。

電線が切れないように対策を施し、さらに探査機とASVをつなぐ曳航フレーム※に照明をつけることにした。ASVの後方のカメラで、夜でも探査機の状態を確認できるようにするためだ。しかし、取りつけられるような照明を持っていない。

KUROSHIOのメンバーは、異国の地で、近くのホームセンターに駆け込んだ。季節はクリスマスシーズン真っ只中。クリスマスイルミネーション用のLEDライトを手に入れることができた。12月16日、探査機は華やかな光を身にまとって、再び海へと漕ぎ出していった。

※曳航(えいこう)フレーム:
ASVと探査機をつなぐための機器。陸上から衛星を経由して切り離し装置を作動させると、探査機は曳航フレームから切り離され、潜航を開始する。

「どんなに準備したとしても、トラブルは必ず起こるものです。大事なのは、トラブルが起きたときに適切に対処できるかどうかです。KUROSHIOは、一人ひとりが自分で考え行動する素晴らしいメンバーに恵まれていました」と、チーム共同代表の一人を務めた中谷武志さんは、情熱を傾けた日々を懐かしむように当時の状況を振り返った。


24時間で500平方キロメートルを調査せよ

XRPIZEでは、通常の海底探査で必須の有人母船を使わないことが主要ルールとして掲げられた。ねらいは、ロボットによる完全無人航行と、広域な海底地形を調査するための技術開発の加速だ。当初に掲げられた目標は「24時間以内に500平方キロメートルの海底地形を調査せよ」というものだった。当時の技術水準では非常に厳しい内容だ。

しかし、そのビジョンは、産業界だけでなく、科学的な海洋探査が今後目指すべき姿だ。

「レースに挑戦したい。」

同じ志を持つ4人の若手研究者たちが集まった。彼らが、後のKUROSHIO共同代表者だ。ルール発表の数ヶ月後「250平方キロメートル」に探査範囲が変更になり、レースへの挑戦は単なる希望ではなく、手を伸ばせば何とか届きそうな目標になった。彼らはひざを突き合わせて議論を始めた。

「レース挑戦にあたって、現在の海洋探査の課題を解決するために何が必要かを話し合い、私たちは『ワンクリック・オーシャン』というビジョンを掲げました。ユーザーが『ワンクリック』すると無人ロボットが岸壁から出航し、データを自動的に収集できるシステムです。もしこれが実現すれば、学術研究はもちろん、産業界にも大きなインパクトをもたらします」(大木さん)

それはレースの勝利だけではなく、その先の海洋探査における技術開発の未来までも見すえた構想だった。『ワンクリック・オーシャン』を実現するためには何が必要だろうか。

「AUVは、スマートフォンなどにも使われているリチウムイオン電池で動いているため、稼働時間は限られています。そこで我々は、なるべく電池を節約するために、競技海域まではASVと呼ばれる船の形をしたロボットでAUVを引っ張っていき、そこでAUVを切り離すという戦略を考えました」(中谷さん)


多くの組織がビジョンに共感

コンセプトの大枠は固まったが、予選までに残された期間は約1年半。若手ばかりのチームには、競技のためのロボットを新たに造る時間も資金もない。人手も不足していた。共同代表の4人は、探査機を保有する国内機関へ協力を呼びかけることにした。

そこで、共同代表者の一人であるソーントン・ブレア准教授が所属する東京大学生産技術研究所と、海上技術安全研究所の協力を取りつけ、計3機の探査機を確保。しかし、レースに必要なのはロボットだけではない。ロボットの改造やオペレーション、作業場所の確保、海中および洋上での通信技術、機器の輸送技術、参加や輸送手続きに必要な膨大な資料づくり。これらすべてをたった4人で行うのは到底不可能だった。

4人は協力を仰ぎたい人に説得を試みた。声をかけたのは主に、自分たちと同じ20代後半から30代前半の若手研究者や技術者だった。優秀な人材に抜けられることは所属先の組織にとっては大きな痛手でなかなか許可が降りない。それでも4人は、レースの先に見ているビジョンを訴え、参画によって得られる知見や技術など、それぞれの組織にとってのメリットをねばり強く説明した。

そして、その熱い想いが伝わってか、多くの組織がKUROSHIOの描くビジョンに共感し、最終的には国内8機関の協力が得られることになった。メンバーも約30人にまで増え、KUROSHIOの船出の準備は整った。


異なる機関のASVとAUVをどうつなげたか

人が海に出ることなく、ロボットだけで探査を行うためには、陸の管制と洋上のASVと海中のAUVをつなぐ衛星通信や音響通信のシステムが必須だ。だが、機材は各機関から協力を得て集めたもので、通信の方式は異なる。また、実際の海での試験では、ASVの船外機やAUVの推進器(スラスタ)の騒音がノイズとなり、AUVのいる位置をうまく通信できないなどの問題があった。複数のAUVを運用できるよう通信の方式を揃え、システムなどを構築し、安定した音響システムで探査できるよう、機体に水中マイクをつけ、周波数を分析。どの周波数帯が測位の妨げになっているかを探るといった、非常に緻密な作業が、仲間集めと同時に進んでいた。

地形図の精度上げ、大健闘だった準優勝

当初、予選に当たるRound1はプエルトリコで開催される予定だった。しかし、超大型ハリケーンが襲来し現地での開催が困難になったため、各国での「技術評価試験※」に変更となる。KUROSHIOはこの試験を通過し、先に紹介した決勝Round2に駒を進めた。

※技術評価試験:
レースの審査員が各チームの拠点を訪れ、Round1に耐えうる機材と技術を備えているか評価する試験のこと。

洋上中継器「ORCA」
※画像提供:三井E&S造船株式会社
自律型海中ロボット「AUV-NEXT」
※画像提供:Team KUROSHIO
自律型海中ロボット「AE-Z」
※画像提供:東京大学生産技術研究所

Round2の競技期間は11日間。KUROSHIOの競技日程として指定された2018年12月の半ば、ギリシャ・カラマタ港は悪天候に見舞われた。荒れる海には勝てず、先述の電線の切断に至る。これまでに海で実際のロボットを使った試験をたった一度しかできなかったKUROSHIOにとって、荒れ狂う海での航海は初の体験だった。海の恐ろしさを、まざまざと思い知らされた。

何とか修理を終えて迎えたリトライ当日も、ひどく荒れた天気だった。しかし、電線の切断防止のために、前回よりも早い段階で探査機の切り離しを決断したことが功を奏し、切り離しは無事に成功。その後も探査機は順調に航行し、約27時間に及ぶ潜航から無事に浮上、夜明け近く、ASVも無事に港へ帰還した。およそ1日半におよぶ無人探査だった。

帰港後、探査機が持ち帰った計測データを確認した。結果は、大漁。メンバーは歓声を上げた。皆で紡いだデータを受け、解析担当者たちは寝る間も惜しんで地形図の精度を上げた。48時間のデータ解析の末、特徴のある地形や沈没船らしき物体が映る画像も見つかった。ブラッシュアップした海底地形図と写真を事務局に提出し、KUROSHIOは約3年間にわたる戦いのゴールを迎えた。

熱戦から約半年後、KUROSHIOメンバーはモナコ公国海洋博物館にいた。授賞式に出席するためだ。慣れない正装に身を包んだメンバーは静かにその時を待った。

結果は、準優勝。KUROSHIOの名が読み上げられ、若き研究者たちは拳を突き上げた。優勝こそ国際チーム「GEBCO-NF Alumni Team」に譲ったものの、大健闘だった。最初は無謀だと言われた国際レースへの挑戦。次々と立ちはだかる試練に何度もくじけそうになったが、これまでの全てが報われた瞬間だった。


夢はまだ始まったばかり、海底探査の未来を変える

中谷さんはKUROSHIOとして戦った約3年間を、次のように振り返る。

「まさにピンチの連続で何度もくじけそうになりましたが、素晴らしいメンバーと困難を乗り越えて、世界第2位という結果を得たことを誇りに思います。それぞれに得意な分野があり、それがうまくかみ合った結果だと思います。また、スポンサーやサポーターの皆さんのアツいご支援が、レースを戦い抜く強い原動力になりました。感謝の気持ちでいっぱいです」

こうしてKUROSHIOの激闘は幕を閉じた。だが、レースを通じて培った技術を基に、海底探査の未来を変える、その夢はまだ始まったばかりだ。

日本の排他的経済水域※は世界6位という面積を誇り、周辺の海底にはスマートフォンなどの電子機器をつくる際に必要となるレアアースなど、多くの鉱物資源が眠っている。しかし、まだどこにどれだけの資源があるのかもよくわかっていないのが現状だ。現在、そうした資源分布の調査に探査機が活用され始め、省コスト化は差し迫った課題となっている。また、探査機を活用して広範囲の海底写真を得ることができれば、資源量の推定や海底の生物の調査にも役立つ。

若き4人の研究者の情熱から始まったこの戦いは、ビジョンに共鳴した8機関の協力を得て、荒波にもまれながらも達成された。KUROSHIOが描いた『ワンクリック・オーシャン』が実現されるその日まで、彼らの挑戦は終わらない。

※排他的経済水域:
沿岸国が海底の生物や鉱物などの資源の探査や開発などの権利を行使できる水域。

【コラム】

――深海や海底探査について学びたい学生さんにメッセージをお願いします。

大木さん:私は子供の頃からロボットづくりが好きで、中学時代は子供向けの火星探査ロボコンに参加するほどでした。それが高じて今は海中ロボットに関する研究開発に従事しているわけですが、その根底にあるのは身近なものに対する好奇心でした。周りに笑われるかもしれませんが、ときには根拠のない自信を持って、自分の好奇心を信じて突っ走ってみることも大事ではないでしょうか。

中谷さん:大木さんとは対照的に、私が海洋ロボットに興味を持ったのは、大学に入ってからでした。月やエベレストの頂上に到達した人よりも、地球で一番深いマリアナ海溝に到達した人類の方がはるかに少ないということを知って、深海探査の世界に強く興味を惹かれ、大学3年生の時に工学部に転部しました。もちろん苦難もありましたが、やりたいことを信じて粘り強く取り組めば道は拓けると思います。ちなみに、高校生の時は将棋に熱中していたのですが、通っていた高校に将棋部がありませんでした。そこで、仲間を集め、一から将棋部をつくったということがありました。KUROSHIO創生期のメンバー集めも、そんな経験が活きていたかもしれません。また、海中ロボットと将棋では一見関係ないように見えますが、いずれも、緻密に練った戦略を大事にしつつも、状況の変化にいかに柔軟に対応するかが重要です。そういう面も今の研究に活かされていると感じています。

杉山さん:私は研究開発ではなく、事務担当としてKUROSHIOに参加していました。プロジェクトを円滑に行うための枠組みづくりや人材の配置などを考え、研究を支援することも重要な仕事です。研究開発に携わるのは、何も研究者だけではありません。影で研究をサポートする仕事の面白さも知っていただければと思います。

■プロフィール

海洋研究開発機構(JAMSTEC)・大木健さん

■おすすめ・興味のある海洋生物
深い海の底ではあまり生き物を見かけないのですが、ふと小さなエビやナマコなどに出会うとほっこりします。最近、生態系で興味があるのは、鯨に寄生するというホネクイハナムシ

■研究の今、解散後の未来ビジョン
宇宙にも地球にも、陸にも海にも、世界には時々刻々と変化する様々な未知の世界があります。人間だけでは調べきれない広い世界をロボットで調べられるような技術を開発していきたいと思っています。

海洋研究開発機構(JAMSTEC)・中谷武志さん

■おすすめ・興味のある海洋生物
人間と同じ哺乳類にも関わらず、深海1,000メートルまでもぐれるマッコウクジラ

■研究の今、解散後の未来ビジョン
海面から海底までのあらゆる調査の自動化を進めたいと考えています。また、陸上にいながら五感を通じて深海に行ったかのような体験ができたり、実際に深海に潜っているロボットを遠隔で操作することが出来たり、一般の人が深海をより身近に感じられるシステムをつくりたいと思っています。

海洋研究開発機構(JAMSTEC)・杉山真人さん

■おすすめ・興味のある海洋生物
趣味はダイビング。沖縄の夜の海でテズルモヅルを見たのが一番の思い出。

■研究の今、解散後の未来ビジョン
日本の海洋産業を盛り上げていきたいと思っています。今回のプロジェクトで終わりではなく、産官学のネットワークの更なる発展や新しいネットワーク創りにも貢献していきたいです。

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