2020年度 SDGs特集

農業で地球温暖化に立ち向かう
~水田からのメタン抑制と高温耐性のイネ育種~

掲載日:2020年04月30日
 

深刻な問題となっている地球温暖化と農業には深い関係がある。農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)は、強い温室効果があるメタンが水田で発生していることに注目して、その発生を抑える“中干し”と呼ばれる手法を高度化した。その一方で、温暖化にも強いイネの育種を推進。この2つの取り組みは、日本全国、さらには世界への展開可能性を持つことが高く評価され、2019年度「STI for SDGs」アワード「優秀賞」を受賞した。


人間活動による排出の45%が稲作から

産業革命以降、人類は石炭や石油を使うようになり、二酸化炭素をはじめ、さまざまな温室効果ガスを排出し続け、地球温暖化を招いている。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)※第5次評価報告書によると、2100年の世界地上平均気温は1986-2005年と比較して最大4.8度上がる可能性があると予測されている。

※「気候変動に関する政府間パネル(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)」は、人為起源による気候変化、影響、適応及び緩和方策に関し、科学的、技術的、社会経済学的な見地から包括的な評価を行うことを目的として、1988年に世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)により設立された組織。

これだけ気温が上昇すれば農業生産への影響は避けられないだろう。農業生産を維持していくには、これまで以上に地球温暖化対策に注力することが求められるが、さらに一歩踏み込み、地球温暖化の抑制に農業で貢献できることはないのだろうか。農研機構農業環境変動研究センター上級研究員の須藤重人さんは、日本人の主食である米を生産する水田から、温室効果が二酸化炭素の25倍もあるメタンが大量に発生している点に注目して研究を続けている。

「水田の土壌中にはメタン生成菌が潜んでいて、稲わらなどの有機物をエサにメタンを発生させます。水田から発生するメタンは意外に多く、日本国内の人間活動により排出されるメタンの45%が稲作によって出されるものです。ですから、水田で発生するメタンを少しでも減らしていければ地球温暖化の抑制に効果があります」


“中干し”で土壌の酸素を豊富に

では、水田からどのような仕組みでメタンが発生するのだろうか。

水を張った水田でも、田植え直後は土壌に多くの酸素が含まれるため、酸素があると活動できないメタン生成菌はメタンを発生することはない。しかし、イネが呼吸のために酸素を取り込み始めると、土壌の酸素は徐々に減っていく。田植えから1カ月もすると酸欠状態になり、メタン生成菌が活発にメタンを排出し始める。須藤さんはこう続ける。

「土壌に酸素がある4月、5月は土地の温度が低く、細菌の活動は活発ではありません。ところが、土壌の酸素が失われる6月頃になると温度が上がり、メタン生成菌に好適な環境が整います。さらに、田植えから1カ月ほどたつとイネの茎が増え、この茎が煙突の役目を果たしてメタンを大気中に放出してしまうのです」

それでは、メタン生成菌の活動を抑えるためにはどうするのか。須藤さんは伝統的に稲作で行われてきた中干し作業の期間延長を薦めている。中干しとは農家が昔から行ってきた手法で、イネの生育を調整し、根を健全に保つため、一時的に水田から水を抜くことだ。そうすると、表面がひび割れるほどに土壌が乾燥し、空気が行き渡る。この中干しにより、土壌は酸素が豊富にある状態になり、メタン生成菌の活動は抑えられることになる。


8県で実証試験、標準化を図り全国展開

中干しを活用したメタンの発生抑制には、福島県の農業総合センターが先行して取り組んでいた。1週間前倒しして中干し期間を延長したところ、メタンの発生が抑えられ、収穫量には影響しないことが報告されていた。これなら中干しをする稲作農家に期間を延長してもらうことでメタンの発生を抑えることが期待できる。しかし、その手法を全国の稲作農家に推奨するためには、確認しておかなければならないことがあったと須藤さんは語る。

「地域によって気候風土や土質が異なるため、福島県での成果をそのまま全国に適応できるかどうか分かりませんでした。そこで北は山形県から南は鹿児島県までの8県9カ所で中干し期間延長による効果を調べる実証試験を行いました。メタンの測定方法にばらつきがあってはいけませんので標準方法を作成し、協力してくださった各県で講習会を開催して、正確に測定していただきました」


水田から排出されるメタンの測定にはチャンバー法という手法が用いられており、チャンバー(小部屋)を水田にかぶせて、単位時間当たりに土壌から排出されるメタン濃度を測定する。ただし、非常に繊細な測定手法で、例えば、乱暴にチャンバーをかぶせると土壌に滞留しているメタンが一気に放出され、正確に測定ができなくなる。水田土壌からのメタンの測定を行った2年間、可能な限り迅速に測定値を把握し、異常値が出た場合などは測定方法を指導するため、須藤さんは全国を飛び回ることになった。



1週間延長でメタン発生量を3割削減

こうして中干し期間を1週間程度延長した場合の効果を調べた結果、平均すると従来の期間での中干しと比較して平均3割もメタンの発生を減らすことができた。収穫量に関しても大きく損なわれることはなく、むしろタンパク質含有量は若干少なくなり、よりおいしいお米になったという。収穫量、品質を確保しながらメタンの発生を抑制できることがわかった。須藤さんらは中干し期間の延長でメタン発生を抑制するマニュアルを作成し、農研機構のウェブサイトからPDF版をダウンロードできるようになっている。

<マニュアルのダウンロードはこちら


須藤さんはこう続ける。

「滋賀県では環境保全型の農業を推進していたこともあって、かなり広い面積で中干し期間が延長されるようになっています。こうした取り組みが全国に広がっていくよう、私自身、できる限りのことをしていきたいと考えています。米の生産は日本国内に限った話ではありません。中干し期間延長によるメタンの発生抑制を海外にも広めていきたいですね」

稲作が盛んな東南アジアは気温が高く、メタン生成菌の活動は活発だと考えられる。中干しを長く行えば、それだけメタンの発生を抑制できるかもしれない。海外では、中干しに不可欠なかんがい施設が比較的整っている国とそうでない国がある。それぞれの国の事情に配慮する必要はあるが、中干しの効果が広く知られるようになれば、地球温暖化対策の一助になると期待される。


平均26度以上で米は白く濁り、味が悪く

各地で中干し期間の延長によるメタンの発生抑制が試みられるようになったとしても、すぐに地球温暖化を食い止めることは難しい。そして地球温暖化の影響は農業に如実にあらわれてくる。その一つが米に生じる高温障害だ。農研機構次世代作物開発研究センター稲研究領域・領域長の山口誠之さんは次のような事例を挙げて説明してくれた。

「健全なお米は半透明ですが、もみが大きくなる20日程度の間に平均気温が26度以上になると、米が白く濁ることがあります。米粒の中に隙間ができ、光を乱反射することで白く濁って見えてしまうのです。白く濁った未熟粒(みじゅくりゅう)を炊くと水が入り込みやすくなり、ご飯が軟らかくなって味が劣る場合があるため、高温にさらされても白く濁りにくい品種が求められています」


地球温暖化の影響もあり、近年では東北南部以南で未熟粒米の発生率が高まっているという。ますます高温障害にも適応したイネの品種が求められるようになっている。


交配とDNAマーカーで選抜

では、温暖化にも強いイネは、どのように作られるのだろうか。

「品種改良は交配から選抜まで、地道な作業の連続です。高温障害に強いイネ品種を開発する場合、30度以上の温室内や屋外でさまざまなイネを育てて、未熟粒米が発生しにくいイネを選び出します。それらを交配し、その子孫であるさまざまな特性を持つ多数のイネの中から、未熟粒米の発生が少ないことに加えて、食味や収量性、病気への強さなどが優れているものを選び出し、それらの特性が確実に維持されていることを確認して、新しい品種が誕生します」

こうした地道な作業の連続により、すでに「秋はるか」、「にこまる」、「恋の予感」、「笑みの絆」、「にじのきらめき」などの新品種が作られ、未熟粒米が発生している九州から関東地方で導入が進んでいるという。



さらに、近年は遺伝子技術が進展して、農作物の品種改良に取り入れられるようになっている。影響する特定の遺伝子が見つかっていれば、その遺伝子を持っていることを示すDNAマーカーを指標に選抜することができ、品種改良することが可能となる。その場合、収穫するまで待たず、苗の時点で葉のDNAを分析して、DNAマーカーのあるものだけを育成すれば良いので効率が良い。特定の病気に対する耐性については、すでに影響する遺伝子が判明しており、DNAマーカーを活用した育種が行われているものもある。農研機構では従来の交配による品種改良に加え、DNAマーカーの選抜技術なども活用しながら最も効率的な方法で品種改良を進めているという。


食料問題につながる高温不稔

山口さんによると深刻化する地球温暖化への適応は未熟粒の発生しにくいイネの品種開発にとどまらないという。気候変動によって台風の大型化も懸念されており、台風に強いイネの品種も求められている。また、より高い気温にさらされると、受精がうまくいかず収穫が大きく低下する「高温不稔」(こうおんふねん)という状態になることもある。

「米の白く濁る現象はあくまでも品質の問題ですが、高温不稔が多発するようになると収穫量にも影響します。こちらは世界の食料問題に直結する重要な問題です」と山口さんは未来の地球環境を見据えている。開花時の異常高温はイネの受精障害を引き起こすことから、農研機構では、気温が上がらない早朝に開花する早朝開花性に注目した研究など、すでに高温不稔の対策に取り組んでいるという。地球温暖化に立ち向かう、農研機構のこれからの取り組みに期待したい。


農業・食品産業技術総合研究機構
農業環境変動研究センター
気候変動対応研究領域 温室効果ガス削減ユニット
上級研究員
須藤重人さん
農業・食品産業技術総合研究機構
次世代作物開発研究センター
稲研究領域
領域長
山口誠之さん

※上記所属は取材時。現所属は、九州沖縄農業研究センター 水田作研究領域 領域長

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