2019年度 SDGs特集

【未来ビジョン】《落合陽一さんインタビュー》
“自然”と“人工”が調和する、未来の社会をどう生きるか

掲載日:2019年12月26日

2019年11月14日、日本科学未来館の常設展示の一部がリニューアルされた。総合監修を務めたのは、筑波大学准教授でメディアアーティストの落合陽一さん。展示「計算機と自然、計算機の自然」では、計算機(コンピューター)が生活のすみずみに行き渡り、“自然物”と“人工物”の区別がつかない未来の世界「デジタルネイチャー」を表現した。未来社会における自然とは何か、現代の社会が抱える課題とは、そして、研究者に必要なこととは――計算機科学、応用物理学、メディア芸術の枠を飛び越えて研究活動し、研究者、アーティスト、経営者と多彩な顔を持つ現代の魔法使いに伺った。

■自然と人工が融合する未来
~“解像度”のゆらぎが問う、未来社会の姿とは?~

――2019年11月から、日本科学未来館(以下、未来館)で落合さんが総合監修を務めた常設展示「計算機と自然、計算機の自然」が始まりました。監修にあたってのビジョンや、展示に込めた意図について教えていただけますか。

日本科学未来館 常設展示 「計算機と自然、計算機の自然」
※画像提供:日本科学未来館

落合 まず未来館がどのような役割を持っているか考えました。博物館のような収蔵機能はないし、美術館のように新旧の美術品を扱いコンテクストを作っているわけでもない。考えた末に行き着いた結論は、未来館は文化としての科学を深く考える役割を持っているということでした。その役割を生かして、科学技術のこれからを考えてもらうための展示をつくるべきだと考えました。また “問いかけ“ を強く感じられる場にもしたいと考え、来た人が “謎” に引っかかってくれるように、説明は書き過ぎないようにしました。印字された説明は印刷されたその瞬間から古くなる。疑問に思ったことを、自分で調べて納得した時の感覚を味わって欲しかったんです。ただ、現代はインターネットで欲しい情報にすぐにアクセスできる時代です。検索のヒントになる情報は常に必要なので、その情報をどこまで出すか、バランスをとるのが難しかったですね。展示での解説はQRコードでも閲覧できるようになっています。



――展示「計算機と自然、計算機の自然」の狙いはなんでしょうか。

落合 メイン展示の一つ“計算機の自然”のコンセプトは“解像度”です。私は今の時代を、人間が「自然と計算機(コンピューター)を区別できない時代」に至りつつある、と捉えています。その背景にあるのは、技術の進歩です。例えば、ディスプレイに表示される画像の精細さを表す解像度などは、その典型ですよね。今回はディスプレイを用いた展示で人が持つ解像度の意識を揺さぶり、視覚に訴えかけるような仕掛けをしました。展示中にあるディスプレイのうちこの展示の解像度をあえて低くし、もう一方はすごく高くしました。さらに、今のディスプレイの技術がまだまだだと気づくように、鏡の展示を配置しました。デザイン的にも解像度のテーマは銀柱の展示什器全体に現れています。本来、鏡は電子電気的なディスプレイよりも解像度が高いのですが、普段鏡を当たり前に見ている僕たちはそれに気づかない。だから、鏡に映る自分の姿を見て、鏡の方がディスプレイよりも鮮明だということに気づく、といった体験ができるのではないかと思って鏡の展示を配置しました。

そういった仕掛けをすれば、この技術がどうやって作られているのかを、来館した人に考えてもらえるのではないかと思っています。ディスプレイの解像度は日に日に上がるから、5年も経てば、展示は過去のものになる。「やっぱり昔はハイビジョンで子ども騙しだったよね」みたいな議論を解像度を中心にしていく。この場所で感じながら話し合ってもらうことで歴史が生まれ、「未来をつくる」ことにもつながると考えています。


動画:「計算機の自然」
落合さんご自身による作品解説動画


また、もう一つのメイン展示“計算機と自然”は、ロボットが「自然」に溶け込む様子を想像してもらえたら面白いなと思いながら作りました。人間の代わりに永遠に動き続けるロボットの様子を見て、何かが心でひっかかったり、自分との時間感覚の違い、例えば寿命や体力の差などを感じたりして欲しいと思っています。あと、「モルフォチョウ」の標本と、僕が作った模型、どちらがどういう風に見えるかを問いかけています。もしかすると100年後の世界では、「人工物」への違和感が徐々に薄れて、模型すらも「自然」として捉えているかもしれない。その感覚は恐らく、人間が長い時間をかけて得る「新しい自然観」だと思うんです。つまり、将来的に計算機が自然に組み込まれ、人々がそれを当たり前に思っている、「自然」も「計算機」の境界もない世界を想像し、表現したということです。


動画:「計算機と自然」
落合さんご自身による作品解説動画


――計算機の登場で更新されつつある“自然観”を、さまざまな“解像度”の違いで表現されたということですね。そのほかに、展示の背景になったことや、工夫されたことはありますか。

落合 今回未来館から計算機や人工知能をテーマにしたいという話があって「Society 5.0」がピキンと思い浮かびました。「Society 5.0」とは、世の中のあらゆる人やモノ、情報がネットワークでつながった社会のことです。誰でもどこでも情報にアクセスでき、全ての人が格差も不自由もなく生きられるような、人が人らしく生きられる世界。それはもう少し自然なものだと僕は思っているんです。社会や国の方向性を表すことも意識しました。でもそこを全開で行くのは展示としては違うんじゃないかと思っていて、それを頭の片隅に置きながらもよりコンセプチュアルなものを表現しようとしています。


■課題解決 vs 知と表現の欲求
~“社会課題の解決”にアートとサイエンスはいらない?~

――“より望ましい未来社会”の実現のために、何が課題となっているのでしょうか?

落合 日本は解決すべき課題が明らかです。インフラの維持や賃金格差、脱炭素したいけど火力発電が捨てられない……課題を解決するには、意思統一と人と時間が必要。でもそれが圧倒的に足りていないことが最大の問題で、この解決が必要だと思っています。「課題を解決し社会のためになることを」と思う学生は多いけれど、収入を確保して活動するためのモデルケースも少ないから、進路に選ばれない、といったことが問題。課題を解決することが目的の社会では、大学、アカデミズムのあり方はエンジニアリングやデザインに偏ってしまうという問題を生み出しているのです。既存の社会システムから抜けて「世の中をちょっとよくしよう」と思った人もご飯が食べられる、そういった仕組みにビジネスも含め持続性を整えることが必要だと思っています。

――優先順位の高い課題に注目が集まりすぎると、アカデミズム全体としてのバランスが失われてしまうということですね。

落合 アーティストは文化をつくる人なので、誰かが困ってる横で、芸術でなんとかしようというのは本質的には違うと思われがちです。社会にアートは本来必要ですが、優先順位の高い課題が列挙されている中で、それを理解してもらうには工夫が必要だし、とても難しい。意外かもしれませんが、純粋なサイエンスも同じだと思っています。困ってる人の横で「重力波の検出を」って言いにくい雰囲気がある気がします。重力波の検出も、細胞の仕組みの解明も、菌類がどう動いているかも、生命の謎を解き明かすことに繋がっていて重要だと思うんです。それに何より、新しいことを知りたいじゃないですか。「知りたい」「表現したい」という欲求は、実は社会課題を解決することにも繋がっていて大事です。そうした欲求も大事なんだと伝えるための良い仕組みを作りたい、と思っています。

――“社会課題の解決”の側に人材が偏っていて、アートやサイエンスといった長期的に社会に必要な人材が少なくなっている。このままでは、この偏りがより極端になってしまうということでしょうか。

落合 そうですね。ただ、この問題は国内だから目立つのだと思います。この問題の重要性が浸透しているヨーロッパやアメリカは、資本がアートやサイエンスに投資する、という仕組みが整っていて、ある程度きれいに回っていると思います。でも日本はまだその仕組みが整っていなくて、社会課題の解決やそのためのエンジニアリング、デザインにお金を投下する傾向にある。課題解決に直結しないものにも、他の投資基準や仕組み化で、お金が投下されればバランスが良くなり、社会はきれいに回ると考えます。未来館の展示でも、文化としての科学の魅力の表現もテーマの一つであり、人文科学系の方にも監修に入ってもらいアーティスティックな要素を多く取り入れました。アーティスティックな視点で科学と対峙することで、文化としての科学の魅力がよりいっそう伝わり、同時に、文化的なアートとの対話の可能性にも気づいてもらえるのではないかと思っています。


■“社会と関わる”ことが研究者には必須
~視野を最大限に広げる戦略とは?~

――落合さんのように、「研究者でありながらさまざまなスタンスで活躍できる」「研究者という間口からいろいろなことができる」という可能性が今の学生や若い世代の人たちに見えれば、それはすごく面白いと感じます。落合さんが学生や若い世代の人たち、将来の進路で悩んでいる人たちに伝えたいことは何でしょうか。

落合 博士課程の最初の目標は「卒業すること」で、ポスドク、助教の先生を経て、食いぶちを獲得した30代半ばから40代頃には何かを忘れている。それは致命的だなと思います。究極的には、社会とどういう関わり方でも良いから、学びや研究や文化を掘り込むことを通じて生きていければ良いと思うんです。ただ、その中で、社会とどう関わっていくかが重要だと思います。例えば、ベストセラー本や論文を書きながら家で研究し大学に所属せずフリーで活動する。そういう生き方があっても良いし、自らの興味に従ってその周りでビジネスをしながら生きることはすごく自然体で美しい姿だと思います。でも、そういう生き方は少ないですよね。理由は確かではありませんが、収益性が立つと研究しなくなる傾向があるように思っています。収益性がある研究者やコメンテーターのような人たちがラボ(研究室)を持てば、あらゆる研究活動に参加できるしくみとして近年注目されているオープンサイエンスやシチズンサイエンス(市民科学)の枠組みにもつながっていくと思っています。

あと、若い研究者と関わる中で、人材育成の観点でも物事を見るようになりました。研究者の雇用をつくることがすごく重要だと気づいたんです。あと1~2年は、そこに全力投球したいと思っています。巻き込む人を増やすこと、長期的に物を見ていくことも大切だと思っています。エコシステムを作ることが大切だし、隣の芝は青いけどどこも現場は大変で、それでも情熱を捨てないことだと思います。知を愛する豊かさみたいなものかな。

――具体的にはどんなことを意識されていますか?

落合 これ、単純で、「来た仕事を断らない」ことです。本当の意味での科学者や考えることが好きな人になるには、物事にレッテルを貼らず興味の幅を広げておくことが大事だと思っています。そうすれば、徐々にそういう動き方ができるようになると思っています。僕は人生全てが社会科見学だと思ってますし、HCI(Human Computer Interaction)研究みたいな道具や人の関わりを考える分野では対象物は無限にあるから興味は尽きない。つまり、対象の課題があり、それを解き明かしたいと思ったときには工学研究でも社会科学でも、様々な枠組みの中で物事を見ていくことも大事ということです。具体的には、光の分子であるプラズマを1粒光らせるところから、それを使って3Dディスプレイをつくるところまでやるとかね。僕自身、いつも思うのですが、研究者・アーティスト・経営者として、3つ同時にきちんとやると3倍時間がかかります。なんだかいい感じになってくるのは、30代後半からで、そこから6~7年したらいい感じに仕上がってくるかなと思っています。

今、次に考えているのは、僕が好きな波動や物理現象の工学的な応用研究やHCI研究に加え、よりサイエンティフィック(科学的)な分野、デジタルネイチャーを踏まえた科学の分野です。研究者は、35歳くらいでやった研究が重要だと聞くし、僕も今、ちょうど視野を広げている時期です。もしかすると、研究者としての周期は5年単位であるのかもしれなくて、僕の場合、40代前半にもう一度興味に従いたい気持ちが芽生えてくるのではと予感しています。

僕がみんなに伝えたいのは、とにかく最大まで興味の幅を取っておくこと。これがポイントです。視野は早めに広げておくべきだし、早めに物事に取り組んでおけば、結構できることも多くなります。これは僕自身が感じたことでもあり、戦略でもあって。皆さんにも、ぜひいろんなことに関心をもって取り組んでほしいです。


【コラム】
「0.1を1にする」方法を考える重要性
~自分なりの道を作るためにどんなことにでもチャレンジする~

――今の落合さんのスタイルはどのようにしてできたのでしょうか。

落合 僕が研究者兼メディアアーティストになったきっかけは、子どもの頃にあると思います。幼少期はCGをよく描いてました。あと、砂や粘土遊びが好きだった記憶があります。立体物やCGを触ることが好きだったので、何かを作ることに興味を持っていたのかもしれないですね。Webが出てきた時代の人間なので、少し大きくなってからは、HTMLを書いたりWebのプログラムを書くことにもチャレンジしていました。ホームページのソースを見様見真似でスクリプトを書くのも楽しかったです。中学の頃には、模型にマイコンを乗せて友達と遊んでいました。コンピューターに親しんで、エレキギターを弾くようになって、絵を描くことが好きで、理科も好き、多分それらの要素が合わさってメディアアーティストになったのだと思います。

――小さい頃にコンピューターとよく接していたということですが、影響を受けた本などはありますか?

落合 ニーチェの『ツァラトゥストラかく語りき』です。あとかなり分厚い『エジソンの生涯』(マシュウ・ジョセフソン 著)という本も記憶に残っています。それを読んで、エジソンにとって重要だったのは、フォードと友達になったことだと思いました。エジソンの発明家としての泥臭さはいろいろなビジネスと相まって面白いんですよ。すごく影響を受けています。

――エジソンのどういったところがすごいと思われますか?

落合 アカデミズムに関係なく「エジソンラボ」を作っていて、研究や開発の生き方の道を自分で作ったことです。大体のエジソンの発明品は負けているんです。たとえばエジソンが直流・交流の普及競争で交流陣営に負けるということもありましたし、リュミエール兄弟のキネトスコープ(映写機の素となった投影する仕組み)とエジソンのキネマトグラフ(覗く仕組み)の2法では、リュミエール兄弟の手法が勝っています。でもすぐにエジソンはアニマトグラフという違う投影形のデバイスを作ります。蓄音機も管の形で発明しました。大体エジソンは初めの発明で後発に負けているけれど、その後特許やビジネスが絡むと商業的には勝つこともあるんですよ。それは、大衆に求められるものを作っているからではないかと思うんです。研究者としてのエジソンは1個目を作る目のつけどころは良くて「良いもの」を必ず作っている。しかも改良型のものを作ることも多いんです。他の人の発言を参考にしてそこそこ良い感じに仕上げる。そこに味があると思います。0.1を1にするのは難しくて、そこでだいたいの発明はなくなってしまう。1から5の間に乗り越えなければならない壁があるんです。5から95にするのも次の壁があります。死の谷やダーウィンの海を越える方法をどのような方法でやるか、考えることに面白みがあると思います。英雄的な憧れを突破して泥臭く生きたエジソン像というものに興味がありますね。


「父性」に変わる言葉~現代の親の役割は性別で決まらない~

――若い人や小さいお子さんに向けて、これからの計算機と自然が融合されていく未来に向かう、アドバイスみたいなものがあればお聞かせください。

落合 ITと資本主義が結びつき過ぎてしまうと、少数派が切り捨てられたり、逆に声が大きくなり過ぎてカオスになったりする。そういう時に“社会的父性(親性)”みたいなものは常に失わないでほしいと思います。親の性別に関係のない“父性”みたいなもののことです。父性をジェンダーフリーな言葉に置き換えたいけど、適切な言葉がないので、皆さんにも考えてみてもらいたいと思います。人の性質そのものなんです。何か良い言葉ないかな、とずっと考えています。「適度に責任を持つ共同体」といっても良いかもしれないですけどね。ジェンダーフリーな父性って言葉を発明できれば、我々の社会はもっと良くなるだろうと思っています。

【編集担当よりメッセージ】

「父性」に代わる言葉は、保育系の研究でいくつかの候補が挙げられています。

・養護性

母性本能なんて実はない、とする論(出典:http://www.sugiyama-u.ac.jp/univ/guide/lecture06/
養護性は、子どもに対しての愛情だけではなく、老若男女を問わず、「弱いものを慈しみ育む、やさしい心の働き」のことをいう。花や動物をかわいがる子どもにも養護性を認めることができる。

・育児性

父性、母性など、既存の性的役割、「女性らしさ」「男性らしさ」を問わず育児に適した性格傾向を表す言葉
(出典:https://www.mcfh.or.jp/rensai/kokoro/kokoro_11.html
既存の概念では、「~らしさ」で子どもに対する接し方が縛られる傾向にありますが、それは間違いと言われています。現代では両方の性を兼ね備えた「人間らしさ」が育児に求められている、とのこと。
他にも養育性、親性などがあります。
みなさんもぜひ考えてみてください。

写真©:蜷川実花

落合陽一(おちあい・よういち)
メディアアーティスト。1987年生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了(学際情報学府初の早期修了)、博士(学際情報学)。筑波大学准教授・デジタルネイチャー推進戦略研究基盤代表・JST CREST xDiversityプロジェクト研究代表

2015年World Technology Award、2016年PrixArs Electronica、EUよりSTARTS Prizeを受賞。Laval Virtual Awardを2017年まで4年連続5回受賞、2019年SXSW Creative Experience ARROW Awards 受賞、2017年スイス・ザンガレンシンポジウムよりLeaders of Tomorrow選出。個展として「Image and Matter(マレーシア・2016)」、「質量への憧憬(東京・2019)」、「情念との反芻(ライカ銀座・2019)」など多数開催。近著として「デジタルネイチャー(PLANETS)」、「2030年の世界地図帳(SBクリエイティブ)」、写真集「質量への憧憬(amana)」。「物化する自然と人為の境界」を追求、イメージと物質、自然と計算機の境界などを探求し、計算機科学・応用物理・メディア芸術の枠を自由に越境し活動している。

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