2019年春号 スポーツは今、新たなゾーンへ

ICTで採点を支援し、お家芸に新たな魅力を!
次世代に向けた体操競技のチャレンジ

掲載日:2019年3月29日
採点を支援する「マルチアングルビュー」の画面。技の瞬間の体の角度などをあらゆる方向から見ることができる。 (画像提供:富士通)

日本のお家芸といわれる体操。

選手たちの輝かしい活躍の背景には、厳正な判定を下す審判の存在がある。

審判の負担を軽減するために、国際体操連盟と日本体操協会、富士通の共創によって、ICT(Information and Communication Technology : 情報通信技術)による採点支援技術の開発が進められている。

体操はテレビで観戦するスポーツ

2016年夏のリオデジャネイロ五輪。男子団体総合で日本チームは3大会ぶりに金メダルを獲得した。「体操ニッポン」の存在を、日本はもちろん、世界に向けて示した瞬間だった。

日本の体操競技は、以前から実績・人気ともに高く、日本がオリンピックで獲得したメダル数は通算98個と全競技を通じて1位。リオ五輪でもっとも印象に残った競技についてのアンケートでも、体操競技がトップだった。だが、競技会場で観戦したいスポーツとしては人気が低く、20位以下に低迷。体操はテレビで解説を聞きながら観戦するスポーツとして、定着してしまっている。

その理由のひとつは技の多さにある。体操競技は男子6種目、女子4種目だが、技の数は男子が800種類以上、女子が500種類以上に上る。会場で観戦しても、素人には技や難易度、できばえを理解できない。

膨大な数の技を目視で判定

体操の技を判定する審判も大きな負担を抱えている。技の種類の多さに加え、器具やトレーニングの進化によって日々、技の難易度が高くなり、高速化しているからだ。審判は目視で技を判定し、手元の審査用紙に手書きで技の記号を書き込んでいく。競技者から離れた場所で演技を見て、角度的に見えにくい位置の技も判定しなければならない。誰もが公平な採点を望んでいるが、現実には難しい状況にあるのだ。

今、ICTによって体操競技の審判をサポートする取り組みが始まった。テクノロジーの目で競技者の動きを判別し、採点を支援するシステムの実現はすぐそこまで来ている。

体操の技を瞬時に判定

2016年5月、日本体操協会と富士通、富士通研究所は、体操競技における採点支援技術を共同で研究すると発表した。

この技術は、「3Dレーザーセンサー」「骨格認識ソフトウェア」「技のデータベース」から成り立っている。まず、1秒間に約200万回のレーザーを照射する「3Dレーザーセンサー」で、競技者の立体形状を正確に取得。過去の映像などから立体形状と骨格のデータを学習させたAI(Artificial Intelligence:人工知能)を活用した「骨格認識ソフトウェア」で、関節の位置などを推定する。そうして捉えた骨格データを元に、手足の位置や関節の曲がり具合、体をひねった回数などを判別し、「技のデータベース」と照らし合わせて技を特定する。3Dで表現した画像は、審判の目では見えない角度からでも見ることが可能で、その判定をサポートする。

3Dレーザーセンサーで捉えた点から体や関節の動きが分かる。
1秒間に約200万回のレーザーを照射する3Dレーザーセンサー。
試合会場での計測風景。
自分の演技と模範演技を比較できるトレーニングシステムの画面(イメージ)。
将来的に実用化を目指す自動採点画面(イメージ)。
画像提供:富士通

審判の負担を軽減したい

富士通株式会社
スポーツ・文化イベントビジネス推進本部
第二スポーツビジネス統括部長
藤原 英則さん

プロジェクトのリーダーである富士通の藤原英則さんは、開発の経緯をこう語る。

「富士通では、オリンピック競技の課題を技術革新を通じて解決し、レガシー(遺産)を残せないかと検討してきました。体操競技における判定の公平性を保ちながら、複雑で高速な技を目視で判定するという審判の負担を軽減したい。その思いからプロジェクトが動き出したのです」

体操の技を認識する技術としては、富士通研究所が自動車向けに開発していた3Dレーザーセンサーや、リハビリ向けの骨格認識ソフトウェアを応用した。だが、体操の技はあまりに複雑である。研究者たちは協会の協力を得て、地道に技を覚えて、体操競技の動きを「技のデータベース」として蓄積していくことにかなりの時間を費やした。

ICTが体操の「ドラマ」を描く

技術開発にはさまざまな苦労もあったが、「採点支援システムが完成すると、審判の負担軽減はもちろんですが、さまざまな可能性が広がると思います」と藤原さんは期待に胸をふくらませる。まず、選手はトレーニングに活用できる。自分の動きを客観的に理解することで競技力が向上する。また、体操の観戦も変わる。リアルタイムで技が分かるので得点も理解しやすい。さらに、選手が難易度の高い技で逆転を仕掛けようとしていることなど、映像だけでは分からない「ドラマ」を体験できるのだ。

藤原さんは、「体操の大会では日本代表選手たちが日の丸を背負い、世界一を目指して戦う姿を見ています。我々も技術によって世界一を目指したいですね」と意気込みを語る。2018年11月、国際体操連盟は富士通の採点支援システムを採用することを正式に発表した。まずは2019年10月にドイツで開催される世界体操競技選手権大会から、一部種目で導入し、数年のうちに自動採点を実現する計画だという。

日本体操協会・審判委員長が語るICT採点への期待

高難度技を判定する難しさ

――審判はどのような体制で判定するのですか?

竹内 種目ごとに、難易度を見る審判、技のできばえを減点方式で採点する審判がそれぞれ数人います。さらに、審判による判定が大きく異なる場合に介入して公平性を維持するための2人の審判がいますし、線審やタイムを計測する審判など、各種目10人もの審判が必要です。一つの種目にそれだけの人がいるので、全体ではかなりの人数になります。

――体操の採点にはどのような困難がありますか?

竹内 まず、選手の技が極めて高難度化しています。現在の最高難易度はI難度で、鉄棒では日本の宮地秀享選手の「ミヤチ」が世界で唯一のI難度です。これほどの技になると、その瞬間何回ひねったかを数えるのは大変困難です。次に技が多いこと。男子は6種目を合わせると800種類以上もの技を覚えなければなりません。しかも、判定基準は4年ごとに変わるので、その都度一から覚えなければならないのです。

――体操の判定精度を上げるために、どのようなことに取り組んでいますか?

竹内 審判の育成や研修に力を入れているほか、ビデオ判定も導入しています。しかし、問題の演技を抽出してスローモーションで検証するのには時間がかかりますし、一方向からしか撮影できないビデオには見えないところがある。それも課題でした。

――ICTによって、そのような課題を解決しようとしているのですね。

竹内 そして、誤審を防ぎ、広く公正性を理解してもらうことを目指しています。ロンドンオリンピックの男子団体で、内村航平選手があん馬の着地で失敗しました。私は内村選手の演技を自分なりに確信を持って判定しました。日本チームの問い合わせを受けて上級審判が審議をした結果、判定が覆り、日本は銀メダルを獲得しました。オリンピックの順位が決まる判定を下さなればならないのは、非常に難しいことです。ですから、富士通の採点支援技術を知ったときは、「正確な判定を支援するものができれば、審判は助かる!」と思いました。

体操の初歩から始まった研究開発

——富士通スタッフとはどのように連携しましたか?

竹内 みなさん、体操の素人でした。「体操の話を聞かせてください!」とわざわざ私の指導する高校までいらっしゃったのです。ごくごく基本的な知識から教え始めましたが、本当に熱心で感動しました。今では審判の専門的な知識をもっています。開発も思ったより速いペースで進んでいます。

——採点支援システムによって体操の審判はどのように変わりますか?

竹内 審判は、技の難易度と演技のできばえを判定しますが、演技のできばえには「体操らしさ」という要素が含まれています。それが、雄大さ、美しさ、安定感、力強さなど人間の感性に訴えかける部分です。採点支援システムによって技を正確に判定できれば、審判はその感性の部分の判定に注力できます。ここだけはICTには譲りたくないですね。そして、審判の透明化も進み一般の人にも分かりやすくなるなど、体操の新たな魅力も生まれると思います。

「難易度判定の支援が実現すれば審判は体操らしい表現の評価に集中できます」

竹内輝明(たけうち・てるあき)

公益財団法人日本体操協会常務理事・審判委員会委員長。体操競技男子国際名誉審判。神奈川県立岸根高等学校体操部顧問、日本オリンピック委員会体操・強化スタッフなども務め、白井健三選手ほか多くの体操選手の育成に関わってきた。

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