2019年春号 スポーツは今、新たなゾーンへ

競技用義足が目指す「最速」と「楽しさ」

掲載日:2019年3月29日
2015年・2016年の全米選手権チャンピオン、ジャリッド・ウォレス選手 (写真提供:Xiborg)

パラアスリートを支える「競技用義足」は研究開発が進み、大会では驚くような記録も出るようになった。競技用義足とは、いったいどのようなものだろう?

パラアスリートを変えた競技用義足

ケガや病気で足を失ってしまった人が、日常生活に必要な機能を補うために装着する「義足」。これをスポーツに特化させたものが「競技用義足」だ。

競技用義足の開発が進むとともに、パラアスリートの記録も向上してきた。

「第1回パラリンピックが開催されたのが1960年。そこからしばらくのあいだ、選手は日常用義足を着けて競技を行っていました。しかし1984年にカーボン繊維の板バネを採用した競技用義足が誕生し、1990年代に競技で本格的に使われ始めると、記録は劇的に伸びていきました。そして2003年には男子100mのタイムが10秒台に突入します」

そう話してくれたのは、競技用義足の開発やパラアスリートの育成を行う企業、Xiborgの代表取締役社長・遠藤謙さんだ。

競技用義足は板バネの種類が増えたことにより、選択肢が広がった。選手層が厚くなり、選手の記録も向上。そして2012年のロンドンパラリンピックを境に、パラスポーツへの意識が大きく変わり始めたという。

「パラ陸上をはじめパラスポーツをリハビリの延長ととらえる選手が多かったのですが、今では本気で行うスポーツとしてとらえ、真剣に取り組むパラアスリートが増えてきました。そこからパラアスリートにもスポンサーがつくようになり、今ではプロアスリートとして専念できる選手が出てきたのです」

競技用義足の改良とともに、パラスポーツへの意識もまた大きな変化を遂げていったのだ。

パラ走幅跳はオリンピック金メダルの記録を越えた

特注品ではいけない競技用義足

競技用義足と日常用義足はどのように違うのだろうか?

「日常用義足には、歩くなど日常生活を快適に送れるようにかかとが付いています。しかし競技用義足にはかかとがありません。つま先で跳ねるように走るので、かかとは必要ないんです。この点が日常用と競技用との大きな違いです」

また競技用義足には、国際的な規定が設けられている。基準となる計算式に基づいた長さでなければいけないこと、動力が備わっていないこと、そして市販品であることが基本だ。

「誰もが手に入れられるものでなければいけないので、特注品ではダメなのです。いろいろな走り方に対応した義足は増えているのですが、そんなルールもあって、個人専用の特別な義足は作ることができないのです」

プロアスリート用の義足(上)はもちろん、子ども用の競技用義足(下)も開発している

パラ走幅跳は良い結果につながっている

男子100mの世界記録は、両足義足が2013年、片足義足は2015年以来、更新されていない。

「2012年の予選通過タイムに比べ、2016年では0.5秒ぐらい縮まっています。選手層が厚くなって速い選手が増えてきてはいるのですが、劇的に速くなることはありませんでした」

一方、パラ走幅跳の記録は大きく伸びている。2018年にドイツのマルクス・レーム選手が8m48という世界記録を樹立。2016年のリオデジャネイロオリンピック金メダリストの記録、8m38を越えた。

走幅跳選手が減っていて記録が伸び悩んでいること、パラアスリートにとって走幅跳は相性がいいことが重なって、パラ走幅跳は良い結果につながっていると遠藤さんは分析している。とはいえ、1991年に東京で開催された世界陸上競技選手権での走幅跳の世界記録8m95には、まだ及んでいない。

競技用義足を着けて走れる未来へ

チームメンバーとして義足開発にも携わる池田樹生選手 (写真提供:Xiborg)

アスリートの体を鍛えてから義足を開発

国内のパラアスリートを見ていると、あるひとつの疑問が浮かんでくると遠藤さんは言う。

「記録が伸びないのは、義足に問題があるのか、それとも選手の体の問題なのか、という疑問です」

そこで遠藤さんは、ともに競技用義足の開発を行っている元陸上競技選手の為末大さんとさまざまな検証を行った。その結果、義足を改良するのではなく、パラアスリートの体をもっと鍛える必要があるという結論に達した。

「日本のパラアスリートと、100mを10秒台で走る海外パラアスリートを比べると、筋肉量がまったく違う。海外パラアスリートの体格は、アスリートと同等です」

義足には手を加えず、パラアスリートの肉体を鍛えていく。それから義足を開発していくほうが良い結果を残せると考えたのだ。

誰もが走ることを楽しめる社会へ

誰でも気軽に走ることができるようにと、2017年にオープンした「ギソクの図書館」

遠藤さんは、パラアスリートの記録を伸ばすというのは目標としつつ、パラ陸上もひとつの陸上競技として見てほしいという思いがある。

「本来は“走る”ということ自体、特別なことじゃありません。しかし競技用義足は高価だし、あれはパラアスリートのための特別なものだと義足ユーザーは思ってしまうんです」

パラ陸上の選手が競技用義足を着けて走る。だから“走る”ということは、選手でない自分には関係ないことだと思ってしまう。そんなことにならないよう、義足ユーザーなら誰もが競技用義足を着けて普通に走れる社会を作りたいと遠藤さんは考える。

「それを実現するために作ったのが『ギソクの図書館』。壁一面に並んだ競技用義足の中から、自分に合ったものを選んでトラックを走れる施設です」

気軽に遊びに来られて、競技用義足をレンタルできる施設。そんな施設がたくさんあれば、走ることは特別なことではないと気付いてくれるはずだ。

「2020年以降は、パラアスリートでなくても風を感じて楽しく走れる、そんな未来にしたいと思っています。そのための競技用義足を未来へ向けて作っていきたいです」

遠藤謙(えんどう・けん)
株式会社Xiborg代表取締役社長。マサチューセッツ工科大学D-labにて講師を務め、途上国向けの義肢装具に関する講義を担当。現在、ソニーコンピュータサイエンス研究所アソシエイトリサーチャーでもあり、ロボット技術を用いた身体能力の拡張に関する研究に携わる。
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