2019年春号 スポーツは今、新たなゾーンへ

トップ選手のパフォーマンスを科学で引き出す

掲載日:2019年3月29日

日本の国際競技力を向上させるために、さまざまな側面から支援を行っている施設がある。

日本のオリンピックやパラリンピックの強化選手たちを、スポーツ科学・医学・情報の側面から支援する国立スポーツ科学センターの専門家たちに話を聞いた。

科学的根拠に基づいた支援で日本の国際競技力を向上
国立スポーツ科学センター

東京都北区西が丘地区にある日本スポーツ振興センターが管理運営するハイパフォーマンスセンター。

日本のオリンピック競技やパラリンピック競技などに参加するトップ選手のための支援拠点である。

その中の国立スポーツ科学センターでは、スポーツ科学・医学・情報の側面から選手を支援し、研究を行っている。

「グローバル化とともに選手をめぐる環境は激変しており、日本の選手の国際競技力強化に戦略的に取り組まなければならない時代となっています」と話すのは、国立スポーツ科学センターのセンター長、久木留毅さんだ。このセンターは、2001年に開所した。「私たちは、最新のスポーツ医学やスポーツ科学の知見に基づいた支援や研究、それらの情報を活用した新たな提案などを行っています。最新の施設、器具・機材をそろえ、トレーニングや栄養、心理などさまざまな分野の研究者、医師などの専門家集団が連携して、選手やチームの課題解決に取り組んでいます」

ハイパフォーマンスセンターの体制
施設は東京都北区西が丘地区に集中している。敷地内には練習場や宿泊施設が入る建物、陸上競技場やサッカー競技場などの屋外施設が並ぶ。

国立スポーツ科学センターの活動の柱は、「科学的根拠に基づいた支援」と「研究」だ。選手やチームが抱える課題に対してスポーツ医学やスポーツ科学の専門家が解決策を提案する。すぐに適切な解決策が見つからない課題は研究対象として取り組んで解決策を探し、その結果をチームや選手にフィードバックするというサイクルを回している。また国内外の大学や研究機関と連携し、国立スポーツ科学センターの機能を強化している。

トレーニングのサイクル

「私たちが選手やチームに対してできるのは『提案』です。例えば新しいトレーニング方法を提案しても、採用するかどうかを決めるのは選手やコーチで、そのトレーニング方法に取り組み努力をするのも選手やコーチなのです。だからこそ、私たちは科学的根拠を集め、選手やコーチの信頼に応えることが大切です」

次に、国立スポーツ科学センターで選手へのサポートを担当する、各分野の専門家たちの活動を紹介する。

国立スポーツ科学センター センター長
ハイパフォーマンス戦略部 部長
久木留 毅さん

トレーニング指導

競技特性、選手の課題、身体のバランスを見究めたトレーニングを提案

マシンを使って筋力などを向上させるトレーニング体育館 (画像提供:ハイパフォーマンスセンター)
国立スポーツ科学センター
スポーツメディカルセンター
トレーニング指導員
東 泰之さん

国立スポーツ科学センターでは、選手個人やチームにトレーニングプログラムの提案や指導をしたり、講習会でトレーニング方法を指導したりしています。トレーニングで体力を向上させるといっても、競技や種目によって筋力や持久力、スピードなど、どの要素に重点をおくかが異なるため、指導員ごとに担当競技が決まっています。例えば、私が担当しているフェンシングは、オフシーズンが少なく年間を通して試合が続くため、常に良いコンディションを維持することが重要課題です。シーズン中はトレーニング前のウォーミングアップから試合後のリカバリーまで、オフシーズンは次のシーズンに向けてどう準備していくか、時期や状況に合わせてきめ細かくサポートしています。

トップアスリートの世界では、選手が抱える課題を克服するため、本人の身体のバランスなどを考慮したトレーニングプログラムが求められます。コーチをはじめとして、栄養サポートなど他のスタッフとも連携しながら進めています。トレーニングの記録データは関係者が随時見られる形で共有し、研究などにも活用しています。

栄養サポート

食事でできる、基本の体づくりと勝てる体づくり

管理栄養士による栄養相談が行われる栄養相談室 (画像提供:ハイパフォーマンスセンター)
国立スポーツ科学センター
スポーツメディカルセンター
栄養グループ研究員
石橋 彩さん

トップ選手の体づくりには、安易にサプリメントなどに頼るのではなく、1日3食を基本とし、毎回の食事で必要なエネルギー量や栄養素をきちんととることが大切です。主食・主菜・副菜・乳製品・果物をバランスよくとることが理想ですが、競技特性によってそのバランスが異なります。さらに、体重を減らしたい・増やしたい、貧血を改善したいなど、個々の課題によっても、どんな食事をいつ、どれだけとるべきかが異なります。また、試合で良いパフォーマンスを発揮するために、試合前や試合中、試合後などタイミングに合わせて最適な食事を考えます。

私は主にスキーノルディック複合、フェンシングの選手に対し、栄養サポートを行っています。フェンシングは、1日に何回も試合が続いて脱水が起こりやすいため、試合前後の体重や飲水量を確認しながら、適切な水分補給の方法を提案します。また、常に屋内で練習や試合を行うため、太陽光にほとんど当たらず、体内でのビタミンD合成が低下するので、食事でも補えるよう配慮しています。スキーノルディック複合の試合では、ジャンプの次にクロスカントリースキーがあるため、効率的な炭水化物の摂取の仕方などを提案しています。

心理サポート

選手やチームの心の「良い状態」を維持するために

心理カウンセリングやメンタルトレーニングなどで使用されるカウンセリング室 (画像提供:ハイパフォーマンスセンター)
国立スポーツ科学センター
スポーツメディカルセンター
心理グループ先任研究員
立谷 泰久さん

心と体は密接であり、心の状態はパフォーマンスに大きく影響します。私たちは、講習会でメンタルトレーニングの方法を指導したり、チームや選手の要請に応じて個別に面談をしたりしています。チームでは、チームワークを向上させたい、チーム内のコミュニケーションを円滑にしたいなどの要望が多くあります。その場合、私たち専門家がチームビルディングと呼ばれる研修などを用いて、メンバー間のコミュニケーションを促したり、メンバー全員が同じ目標を持てるように導いたりします。選手や指導者など個人で悩みを抱えている場合は、面談を重ねて改善策を考えます。また、メンタルトレーニングやリラックス法を指導し、前向きな気持ちで練習や試合に臨むことができるようサポートします。

東京2020オリンピック・パラリンピックは自国開催ですから、選手が受けるプレッシャーはかなり大きいはずです。そうした状況の中で本来のパフォーマンスを発揮するための研究を進めています。1964年東京大会の出場者などへインタビューを行い、得られた知見を競技団体などへフィードバックしていきます。

トップ選手を適切にサポートするためには、本人やチームの課題をきちんと把握することが大切だと、指導員や研究員たちは口をそろえる。そのために、彼らはコーチや本人と話し合いを重ねて改善すべき点を確認し合うとともに、センター内外の機関と連携して解決のための研究を進めている。また、競技や種目によって課題の解決方法が異なるため、指導員や研究員たちは競技特性を深く理解することが求められている。

一方、スポーツ選手をサポートするための理論や手法も次々と新しい考え方や技術が取り入れられており、日ごろから積極的な情報収集や調査も欠かせない。国立スポーツ科学センターでは、国内外の研究者を集めた講演会や研究発表会を開催して最新の知見を共有する機会をつくっている。また、トレーニング機器や実験設備には最新の技術が活用されている。2020年、さらにそれ以降も日本のアスリートたちの国際競争力の向上に貢献すべく、国立スポーツ科学センターのサポートも日々進歩している。

トップ選手の指導員に質問!

Q. 大事なときに良いパフォーマンスを発揮するには、どんな準備が必要?

A. 大事なときこそ、毎日積み重ねきたものが発揮されます。受験や試合の直前だけでなく、日ごろから正しい食事をして体調を整えましょう。集中力を維持できるかは、食事の質が関係します。また、普段からメンタルトレーニングを取り入れるのもいいですね。

3人の指導員の写真

のぞいてみよう 国立スポーツ科学センター

センター内には、トレーニングマシンのそろった体育館に加え、新体操やトランポリンの練習場、競泳やシンクロナイズドスイミングのプール、フェンシングや射撃などの練習場があり、選手は日々トレーニングを行っている。ほかにも、栄養指導を受けられるレストランや宿泊室が整い、合宿などにも活用することができる。

研究施設としては、特殊なトレーニングを行ったり、新しいトレーニング方法を検証したりできるハイパフォーマンス・ジムや、空気の抵抗と選手の姿勢や用具などとの関係を調べる風洞実験棟など、最先端の設備が整っている。

新体操/トランポリン練習場
シンクロナイズドスイミングプール
レストラン
宿泊室
ハイパフォーマンス・ジム
風洞実験棟
画像提供:ハイパフォーマンスセンター

研究成果を選手に橋渡し

スポーツ科学や医学を究め選手のサポートを強化できるよう、研究施設では最新設備や機器がそろう。5,000mの高地を再現できる低酸素トレーニング室では、あえて酸素の少ない環境でトレーニングをすることで爆発的なパワーを試合で発揮できる体づくりなどが行われている。風洞実験棟は人工的に風の流れをつくり、その影響を検証することができる。スピードスケートのチームパシュートでは滑るときの並び方と風の抵抗について実験し、その成果が競技に生かされた。スキーのジャンプでは、腕の開き方と風の抵抗値を実験した。このように施設を使って得られた科学的根拠を基に、戦略などをチームや個人選手に提案している。東京2020オリンピック・パラリンピックに向けては、厳しい暑さにどう対応するかが大きな研究テーマだ。

GPSやドローン、VR(バーチャルリアリティ)、AI(人工知能)など最新のテクノロジーは、スポーツ科学の分野にも大きく貢献している。国立スポーツ科学センターは情報通信技術を活用して、選手の情報を管理・共有できるシステムを構築した。選手は世界中どこへ行っても体力チェックやトレーニング、食事などあらゆるデータを見ることができるし、海外で活動する選手のデータも日本にいる関係者へ送ることができるようになった。

「これまでの研究は、競技団体やチームのニーズに応えることを主体に行われてきました。今後はこれまでの多くの知見を基に、こちらからより効果的なトレーニングや戦術などを提案していきたい」と久木留さんは話す。「2001年の開所以来、国立スポーツ科学センターには膨大な知見が蓄積されています。これらを競技や種目の垣根を越えて共有し、展開していくことが私たちの使命です」

動画:トップ選手のパフォーマンスを科学で引き出す

日本のオリンピックやパラリンピックの強化選手たちを支援する国立スポーツ科学センターを紹介(MP4形式 28MB 3分40秒)
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