2018年秋号 元気な地域のつくりかた

岩手県山田町、静岡県浜松市ほか
自立した地域資源を生み出す技術とは

掲載日:2018年10月17日

鉄材と炭素材を活用した牡蠣養殖技術が、被災地から日本各地へ、さらに海外へと広がりをみせている。一つの技術が、どのように各地へと展開し、発展していったのか。開発者の小島昭さんに聞いた。

アオコの抑制を目指して

池の水面が緑色になるアオコや、海面が赤色になる赤潮は、生活排水などの流入により水中の窒素やリンの濃度が高まり、これを利用する植物プランクトンが異常に増えることが原因だ。植物プランクトンの一時的な急増は、水中の酸素不足を引き起こし、養殖している貝や魚が死滅してしまう。炭素繊維を活用した水質浄化を研究していた小島さんは、この問題を解決しようと、原因の一つであるリンに注目した。

水中に溶けているリンと鉄が結び付くと、水に溶けない沈殿物となるため、水中のリン濃度が下がる。ただし、鉄は水に浸しただけでは溶けない。どうすれば鉄は溶けるか、と考えたとき、「鉄材と炭素材を接触させて水に漬けると鉄は溶けることを思い出しました」。

そこで小島さんは鉄材のリサイクル企業と協力し、研究を開始。鉄材と炭素材を組み合わせた「鉄デバイス」を開発した。アオコ発生に悩んでいた池に設置したところ、水中のリン濃度は低下し、アオコは発生しなくなった。

鉄デバイス。麻袋の中に鉄材と炭素材、腐葉土を入れ、海中につり下げる
画像提供/小島昭

鉄デバイスの思わぬ効果

その後、この技術に注目した新潟県からの要請で、佐渡島にある加茂湖に鉄デバイスを設置。新潟県は、牡蠣養殖が盛んな加茂湖で赤潮による漁業被害が発生していることに悩んでいたのだ。牡蠣いかだから鉄デバイスをつり下げたところ、赤潮の発生が抑えられただけでなく、思わぬ効果が。ぷっくりと身の詰まった良質な牡蠣の収量が増えたのである。

「牡蠣は植物プランクトンを餌に成長します。植物プランクトンの増殖には栄養素としての鉄が必要ですが、自然環境中に多くは存在していません。鉄デバイスにより鉄が安定的に供給されたことで、牡蠣が十分に育つだけの植物プランクトン量が確保されたと考えられます」。2010年のことである。

震災復興に役立てたい

2011年3月、牡蠣養殖が盛んな三陸海岸が東日本大震災の津波により甚大な被害を受けた。いかだなど養殖設備が流され、復旧が難しい状況を知った小島さんは、「鉄デバイスは牡蠣養殖に貢献できる技術。震災復興に役立てられないかと科学技術振興機構(JST)のマッチングプランナーに相談しました」。これをきっかけに、岩手県山田町の三陸やまだ漁業協同組合との共同研究が2012年10月に山田湾でスタートした。

短期間で良質の牡蠣を生産

牡蠣養殖は産卵期(夏)にホタテの貝殻などを着卵材としてつり下げ、海水中に浮遊する卵を付着させる。それが稚貝となって、2~3年かけて成長させるのが一般的だ。鉄デバイスを導入すれば、牡蠣の成長が促進され、収穫までの期間を短くできる。小島さんは毎月のように山田湾へ通い、地元の関係者と議論を交わし、鉄デバイスの素材や形状の検証を重ねた。「原理は同じでも、その地域にあった工夫をしなければ、期待する成果は得られないことを学びました」

設置から2年後、収穫した牡蠣は従来よりもむき身重量が30%増し、うまみ成分であるグリコーゲンは70%増であった。「『付加価値の高い牡蠣ができた』という事実は、自立への大きな一歩となりました」と小島さんは振り返る。

震災以前よりも発展していくために

小島さんは同時に、鉄デバイスを応用した付着率の高い着卵材の開発にも取り組んでいた。「山田湾では、設置から3カ月で多くの稚貝の付着・成長を確認できました」。震災以前、山田町は稚貝をほかの地域から購入していた。自家生産した稚貝だけでまかなえるようになれば、山田町のさらなる発展が期待できる。安定した稚貝生産技術を確立するため、国内各地や海外での検証実験が続いている。

共同研究スタート時の山田湾
いかだから鉄デバイスをつり下げている様子
2年後、引き上げた鉄デバイス
収穫した牡蠣。大きく育っていた
画像提供/小島昭

国内各地、そして中国へ

海のない群馬県で開発された水質浄化技術は、佐渡島を皮切りに各地の水産業振興に役立っている

短期間で良質な牡蠣の生産が期待できる鉄デバイスは、生産量を増やしたい、ブランド化したいという悩みを持つ牡蠣養殖地域の注目を浴びた。

同じく東日本大震災で被害を受けた宮城県気仙沼市だけでなく、北海道浜中町や静岡県浜松市、島根県隠岐島、熊本県水俣市などで実証実験が進んでいる。中でも水俣市での取り組みは、熊本地震(2016年)の復興支援にも貢献している。また、海を渡った中国の大連でも鉄デバイスの導入に向けた作業が進んでいる。

それぞれの地域の状況に応じて鉄デバイスの構造などを変えているが、技術的な検証よりも大切なものがあると小島さんは言う。「その地域にあった進め方を検討するには、地元関係者と顔を合わせて話し、相手のことを理解した上で、誠実に提案を重ねていく必要があります。そうして信頼関係を築くことができなければ、どんなに優れた技術でも、その地域で生かすことはできません。技術は人によって育てられるものだと感じています」

地域全体を巻き込んだ活動へ

鉄デバイスの波及効果は、牡蠣養殖業の発展のみにとどまらない。静岡県浜松市北区三ヶ日町では、地域全体を巻き込み、教育や産業振興といった多面的な活動へと展開されている。

鉄デバイスを設置している猪鼻湖のほとりにある三ヶ日中学校では総合学習で、「ふるさとのためにできること」をテーマに20年後にゴールを定めてさまざまなプロジェクトを進めている。その中で、「牡蠣を養殖し特産化」を目指すチームのアドバイザーとして小島さんはかかわっている。「中学生らしい創意工夫を凝らし、鉄デバイスの活用に取り組んでくれています」。また、採れた牡蠣を地元のイベントで振る舞ったり、オリジナルメニューを開発したりと、地域の新たな魅力創出にも貢献している。

設置した鉄デバイスの効果を確認する中学生たち。このいかだは地元市民と三ヶ日青年の家の協力によるもの
アドバイザーの小島さんとともに猪鼻湖に設置した鉄デバイスの効果を、経過を追いながら確認

きれいで豊かな猪鼻湖を目指して

小島さんと猪鼻湖とのかかわりは2006年にさかのぼる。牡蠣やアサリ、クルマエビなどの漁場だった猪鼻湖だが、水質汚染の問題を抱えていた。そこで、三ヶ日町の活性化を目指して活動する市民団体「わらの会」が水質浄化について小島さんに相談したことがきっかけだ。当時、炭素材を使った水質浄化に取り組んでいた小島さんは、地元の名産ミカンの古木から作った炭を使う方法を提案。徐々に成果が表れ、水の透明度が上がり、貝や魚などの生き物が増えた。

2013年からは、鉄デバイスを導入し、牡蠣養殖の再興に取り組んだ。その中で、牡蠣の着卵材にアサリの稚貝も付着しているのを発見。現在は、アサリの漁獲量回復も目指して、さらに検証を続けている。

「わらの会」メンバーと意見交換する小島さん
猪鼻湖の着卵材に付着したアサリの稚貝

「豊かな海を創る」技術として

「鉄デバイスは『海に森を創る』サプリメントとも言えます。SDGs達成にも貢献し得る技術です」と小島さん(小島昭さん提供の画像を基に作成)

猪鼻湖でアサリの漁獲量回復の可能性が期待できたように、鉄デバイスの本質は、水質の富栄養化を改善する技術である。牡蠣以外の水産業でも展開が可能だ。宮城県松島湾では海藻が消えた藻場が復活したり、北海道釧路町では昆布の生育量が増え品質も向上したりと、海藻への効果も確認された。

「鉄デバイスは、自然界に存在する炭素材と鉄材を使い、ただ海中につり下げるだけの安全で持続的な技術です。100年後の未来にも豊かな海を残すため、さらにこの技術を高め、各地へ広げていきたいと思います」と小島さんは語る。

確固たる目的をもった技術は、同じ課題を抱える各地へ適用され、その課題を解決するだけでなく、新たな地域資源の創出などへの貢献も期待できる。技術者と地域の人とのかかわりを通して、技術が育まれ、技術者の手を離れたとき、その技術は「自立した地域資源」へとなり得るであろう。

小島昭(こじま・あきら)
1943年群馬県桐生市生まれ。68年に群馬大学工学部卒業後、群馬工業高等専門学校に勤務。2016年より小島昭研究所理事長、前橋総合技術ビジネス専門学校校長。専門は無機材料、複合材料、環境化学など。長年炭素材料の研究開発に取り組む。
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