2018年秋号 元気な地域のつくりかた

鹿児島県肝付町
テクノロジー活用で人と人がつながり高齢者の生きがいを生む

掲載日:2018年10月17日
「共創のまち・肝付」のキックオフイベントにて (画像提供:肝付町)

多くの維持困難な集落が点在する鹿児島県肝付町。先端技術を使った高齢者とのコミュニケーションに活路を見いだした同町では、いま、「先端技術の実証フィールド」として地域活性化を図り、高齢者の「生きがい」につなげる取り組みが進められている。

日本地図:鹿児島県肝付町の位置

維持困難集落が「ICTの肝付町」へ進化

過疎化・高齢化が進んでいく中で、住人の50%以上が65歳以上となり、経済的・社会的に共同生活を続けることが難しくなった集落が、全国的に増えている。鹿児島県肝付町も、そんな地域のひとつだ。

2005年7月に高山町と内之浦町が合併して誕生したこの町では、1万5572人(2018年8月31日現在)の住民が132の集落に点在して暮らす。132のうち33集落が維持困難な集落だ。

高齢者が多い集落の社会的共同生活を支援するため、ICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)を活用した見守りサービスを導入した同町では、2015年7月に「共創のまち・肝付プロジェクト」をスタートさせた。町をICTの実証フィールドとして企業や研究機関などに提供することで、最先端ICTを安価で利用できる環境をつくり、事業所の参入や人口増加などの活性化につなげようという取り組みだ。

きっかけは、東日本大震災

そのキーマンの一人が、肝付町役場福祉課参事兼包括支援係長で保健師の能勢佳子さん。ICTと出会うきっかけは、2011年の東日本大震災だった。状況確認や避難連絡をする際、孤立する集落が点在する同町の限界を感じたという。

「肝付町にも津波警報が発令され、テレビで避難を呼びかける放送が流れました。私は、海岸の集落一軒一軒に電話をして状況を伝えましたが、ようやく全員に伝え終えたときには、すでに津波の到達予想時刻を過ぎていたんです。結果的に津波の影響はほとんどありませんでしたが、この出来事を通じて、『情報は、相手が受け取ってはじめて意味を持つ』ということに、あらためて気付かされました。何より大切なのはお互いにわかる言葉で情報を伝えること。難しい専門用語や知らない言葉では通じません」

デジタルツールでつながり合うことで高齢者が“生きがい”を感じる

テレビ電話から始まりICTの可能性を発見

こうした経験を経て、肝付町が導入したのが「テレビ電話」だった。役場・社会福祉協議会・町立病院などの関係機関と、高齢化が進んだ集落の住人宅を結び、状況確認や避難連絡を一斉に行えるようにしたのだ。肝付町は2011年6月、町内全域に総延長306kmの光ファイバー網を整備。これを機に「地域包括支援センター機能強化事業」として、役場や社会福祉協議会、病院施設と高齢者の住宅をつなぐテレビ電話32台が整備された。

「驚いたことに、90代のおばあちゃんたちが日常的にテレビ電話を使いこなしているんです。やはり『あの人の顔が見たい』『あの人に相談したい』という強い動機があるからでしょうね。昔からのアナログな人間関係を維持していくためにこそ、デジタルツールが必要なのだと強く感じます」

テレビ電話を通じてお互いに見守り合うことで、集落の見守りの役割を担っている自治会役員や民生委員などの負担軽減にも役立った。能勢さんは、テレビ電話の導入をきっかけに、高齢者の意識が変化していく様子をありありと感じたという。「『今日も会いたいなぁ、心配しているかも……だから元気でいたい』とお年寄りの方が思うようになりました」

肝付町がICT活用に取り組むきっかけとなったテレビ電話
画像提供:肝付町

「共創のまち・肝付」がスタート

テレビ電話の取り組みが広く知られるようになると、IT(Information Technology:情報技術)企業からビジネスの提案が相次ぐ。ITには明るくない能勢さんだったが、企業のエンジニアたちの話を聞くと、彼らの「地域の人々の役に立ちたい」という思いは自分たちと同じだと気付いた。使っている言葉が違うから伝わりにくいだけなのだと。

ちょうどその頃、能勢さんが企画調整課に異動となり、当時企画調整課で情報政策を担当していた中窪悟さん(現在は福祉課介護保険係長)と席が向かい合わせになった。

少年時代、パソコン通信に夢中になったという中窪さんは、かねてから情報ネットワークの重要性を認識していた人物である。中窪さんは「ITに詳しい情報政策担当者」として、通信ネットワーク網が整備された先にある肝付町の未来を、能勢さんは「町の人たちの暮らしの実体を知る保健師」として、住民の暮らしの未来を語り合うようになった。

その中で生まれたのが「住民の暮らしにそれだけ課題があるならば、町をITの実証フィールドとして開放したらどうだろう?」というアイデア。そしてそのアイデアは2015年度、「高齢者とIT共創のまち事業」としてスタートを切った。2018年にはICT推進室を設置。総務省から出向してきた松岡遼太郎さんが室長に就任すると、肝付町のICTの取り組みはさらに加速した。

地域住民の安心・安全につながり企業の実証フィールドとしても貢献

GPSを使った見守りサービスを実証

肝付町では、これまでにどんな実証実験が行われてきたのだろうか。

そのひとつが、認知症による徘徊者を人力で発見するための「徘徊模擬訓練」だ。訓練では、住民を複数のチーム(捜索班)に分け、地区内の任意の場所までバスで移動。捜索班は交流センターに設けられた捜索本部と連絡を取り合い、スマートフォンアプリを使いながら、GPS(Global Positioning System:全地球測位システム)搭載のビーコン(無線発信機)を携帯した「徘徊者役」を捜索する。実験に参加したのは、高齢化を見据えたICTサービスを展開している株式会社LiveRidge。

地域の人たちは「自分たちの目に頼るだけでは限界がある」と感じていた。そこへ、見守り捜索クラウドサービスの実証実験が提案されたため、大きな期待が集まった。1回目の実証ではテクノロジーの有用性を実感したが、一方でコンピュータの不具合にも見舞われ、テクノロジーだけに頼ることの危険性がわかった。結局はテクノロジーと人、両面から支えることの大切さを知った良い実証だったと振り返る。

「参加した企業も、『徘徊模擬訓練を通じて、サービスの効果に期待を持てた』と話していました。やはり、その地域に強いニーズがあってこそ、有効な実験結果が得られるのだと思います」(能勢さん)

LiveRidgeの位置情報サービス「Smart Map」を使った徘徊模擬訓練。高齢者のいる場所をインターネット上の地図で表示する
画像提供:株式会社LiveRidge

肝付町から全国へ、そして世界へ

NTTドコモが開発した「AI運行バス」を試験運行。決められたルートはなく、乗車場所と目的地からAIが最短ルートを計算し、利用者に乗車時刻を知らせる (画像提供 :NTTドコモ)

肝付町では、AI(Artificial Inteligence:人工知能)を使って乗り合いタクシーを効率的に運行するシステムや、コミュニケーションロボット(Pepper)との交流を通じて高齢者を元気にする取り組みなど、数々の実証実験が行われている。

こうした実証と並行して、「孫には負けない」を合言葉に、高齢者に向けたスマートフォンやタブレットの使い方などの各種講習会を開催。小学生のプログラミング授業を高齢者に受けてもらう試みでは、高齢者と小学生の交流の機会が広がった。テクノロジーに少しずつ触れることで、生活の場を豊かにするツールとしてICTが馴染みつつある。

地域の課題解決は、その地域の高齢者だけでなく日本中、さらに世界中の人々の幸せにつながっていく。数十年先に必ずや直面する日本全体の課題を解決するフィールドとして、肝付町は、今日も最前線でチャレンジを続けている。

「共創のまち・肝付」のロボット導入実験でやってきたPepper
Pepperとの交流実験により発話が増えた高齢者もいる
「孫には負けない」を合言葉に行われたプログラミング講座
画像提供:肝付町
(写真右から)
肝付町役場 ICT推進室 室長 松岡遼太郎さん
福祉課 包括支援係長 能勢佳子さん
福祉課 介護保険係長 中窪 悟さん
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