2018年夏号 乗りものが変わる、未来を変える

移動手段のイノベーションとは?

掲載日:2018年7月31日
ANAホールディングス株式会社 デジタル・デザイン・ラボ
チーフディレクター 津田佳明(右)さん / アバター・プログラム・ディレクター 深堀昂(左)さん

「航空会社『ANA』が描く未来のビジョン」とは、どのようなものか。 多くの人は、「空の旅」を前提とした未来像をイメージするだろう。 だが、ANAは「移動」という概念そのものを変えようとしている。 なぜ自らの強みにとらわれず、イノベーションの創出に挑むのか。 そして、実現を目指す未来社会とは。

世界をつなげる「どこでもドア」

いま日本は「Society 5.0」という、超スマート社会の実現に向けて取り組んでいる。AIやIoT、ロボットなどの革新的な科学技術や、社会のさまざまなデータを活用し、未来に向けて経済の発展や社会課題の解決を目指そうというものだ。そのSociety 5.0の実現に向けて、ANAは2016年4月に「デジタル・デザイン・ラボ」という新組織をたちあげた。エンジニアから客室乗務員までさまざまな業種の人が集まり、既存の発想にとらわれず、未来志向で破壊的イノベーションを起こすことが目的だ。すでにロケット開発やドローン運用、宇宙旅行など先進技術を活用してさまざまなことに取り組んでいる。そのひとつが、アバターを介して「瞬間移動」を実現する『ANA AVATAR(アバター)』。人が実際に移動しなくても時間や空間を超えられる究極の移動手段だ。

「ANAの経営理念には、次のような一節があります。『世界をつなぐ心の翼』。しかし、エアラインでつなげることのできる人は世界人口でたった6%なのです。世界中の人をつなげるために、このプロジェクトではこれまでの概念を超えた新しい移動手段をつくろうとしています」とチーフディレクターの津田さんは話す。

まず究極の移動手段として挙がったのが漫画『ドラえもん』に出てくる「どこでもドア」のように遠く離れた空間に瞬時に移動すること、つまり瞬間移動だった。「飛行機で世界中にいけるようになったとはいえ、移動には時間がかかり、疲れます。これをなんとか改善できないかとずっと考えていました」とアバター・プログラム・ディレクター深堀さんは振り返る。

既成概念を覆す

深堀昂さん

実際に人間が瞬間移動することは技術的にかなり難しい。しかし、情報だけが瞬間的に移動する量子テレポーテーションの地上実験の成功はすでに報告されている。「体のテレポーテーションが難しいのであれば、 自分の意識、技能、感覚をテレポーテーションさせることはできないかという逆転の発想により、アバターによる移動を思いつきました」と深堀さんが続ける。自分の意識や技能を離れた場所にあるアバターに移動させる。アバターを遠隔操作すると、あたかも自分自身がそこに存在しているかのようにコミュニケーションをとったり、作業したりすることができるようになる。時間や距離、文化、年齢、身体能力などさまざまな制限を超えて、自分の分身であるアバターが世界を自由に移動するという、既成概念を覆す移動手段なのだ。

「実際にその場に行かなくてもできることはたくさんあるんです」と深堀さんはいう。たとえば、遠隔医療や教育支援など。またロボットであれば人が行くことのできない災害現場や放射線汚染地域も行くことができるので、災害対応の可能性が広がる。体が不自由でも走り回ることができるし、高齢になっても若い頃と同等の技術をアバターで再現できる。居間にいながら、世界中の美術館を見て回るなど、新しい形の体験や旅行もできる。新しいサービスの創出や社会課題の解決など、さまざまなアバター技術の活用が考えられている。

世界中の先端技術を集結させる

ANAアバターは米国の非営利財団であるXPRIZE財団が主催する賞金レースのテーマに日本の企業としては初めて採用されたプロジェクト。ANAがスポンサーになり、2018年3月から4年にわたるレースが始まった。高性能なアバターを開発するには、ロボット技術やものを触ったときの感覚(触覚)を伝えるセンサー技術、仮想現実(VR)など多くの先端技術が必要だ。これらの技術を融合し、実用化させるには数十年かかると予想されている。

「国際的な賞金レースを開催し、世界的な関心を引き付けることで実現までの時間を縮めたいと考えているのです。すでに世界中からエントリーが集まっています」と津田さんは話す。

一方、ANAの専用アプリケーション「アバターイン」を使ってアバターを介し、世界各地のさまざまなサービスを行う実証実験が始まっている。

注1:撮影した現実の映像に文字や画像のデジタル情報を重ね合わせて表示するAR(Augmented Reality=拡張現実)技術。
注2:対象物の硬さや柔らかさ、動きを再現して伝えるハプティクス(触覚技術)。
注3:ロボットの動きを研究し、設計・製作するロボティクス。

アバターでリアルな体験

大分県と取り組むのは、釣り竿の動きや感触を遠隔地と同期させ、魚釣りをするというもの。釣り竿を動かすと大分県の釣り堀に設置された釣り竿が動き、魚を釣ることができる。釣った魚は後日届けられ、自分が釣った魚を食べるという釣りの楽しみも再現される。仮想現実(VR)による釣り体験とは異なり、アバターを介して体験しているのは現実の世界であり、リアルタイムの出来事。操作した人には、まさに大分県へ旅行して釣りを体験したかのような思い出が残る。

また、アバターが配置されている側にいる人々も、ただの機械ではなく、アバターを操作している人が「存在している」という感覚を抱くという。「この『存在感』が人と人とのコミュニケーションを成立させる重要な要素だと思います」と深堀さん。教育現場での実証実験でも、モニターから流れる講義映像ではなく、生の講義を聞いているように感じられるという。他にも、医療や販売など、人との対話が良いサービスを提供するのに欠かせない場面での実証実験が進んでいる。

ニーズにあったアバターを使って、さまざまな実証実験を重ねている。実際のフィールドを確保するためには、企業や研究者、地方自治体など多方面からの協力は欠かせない。

釣り体験の様子。釣り具メーカーや触覚センサー技術を持つ企業とも協力しあう
通信制高校とも連携し、アバターを活用した教育の形を模索している

共創で広がる可能性

津田佳明さん

「アバターインはサービスのプラットフォームで、アバターを介してさまざまな社会のニーズと既存技術をマッチングさせることができます。そのため、企業や研究者、地方自治体など多くの協力を得ることによってアバターの用途が広がります。実証実験を積み重ね、あらゆる方面にアバターを実用化していきたい」と津田さんたちは意欲を燃やしている。

時間や距離を超えた究極の移動は、人々の距離を一層近づけ、社会とのつながりも深めるものだった。アバターは、私たちの未来をどのように変えるのだろうか。今後の行方が楽しみだ。

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