2018年夏号 乗りものが変わる、未来を変える

誰もが宇宙へ行ける時代がやってくる

掲載日:2018年7月31日

これまで、宇宙へ行くことができたのは、宇宙飛行士などのごく限られた人だけだった。 だが、誰もが宇宙へ行くことのできる時代が、すぐそこまで近づいている。 これを実現しようとしているのは、日本の小さなベンチャー企業。 独自のエンジンを武器に、スペースプレーンで宇宙を目指すPD エアロスペースの緒川修治さんに、日本の宇宙ベンチャー企業の挑戦について聞いた。

2つの機能を持つエンジンでスペースプレーンを実現

PDエアロスペースのスペースプレーン(宇宙飛行機)は、独自エンジンの開発が鍵を握る。 パルスデトネーションエンジンをベースとした「ジェット-ロケット燃焼モード切替エンジン」とはどのようなエンジンなのか。 また、このエンジンを搭載したスペースプレーンは、どのような未来社会を実現するのか。 新しいエンジンの技術的な特長や開発上の課題などを聞いた。

ロケットとジェットを1つに

当社は、パルスデトネーションエンジンをベースとした「ジェット−ロケット燃焼モード切替エンジン」を開発しています。

「燃焼」とは、物質が光と熱を伴いながら激しく酸化する現象のことです。つまり酸素が必要です。一般的に宇宙へ行くための乗りものはロケットですが、宇宙空間には酸素がありませんので、ロケットには燃料のほかに「酸化剤」を搭載しているのです。ところがこの酸化剤は非常に重いため、機体を軽くし宇宙へ行くコストを抑えるためには、搭載する酸化剤の量をどれだけ少なくできるかという課題が生じます。そこで私は、空気中の酸素をうまく使って飛ぶことができないか、と考えました。

空気を使って飛ぶエンジンには、飛行機に使われているジェットエンジンがありますが、逆に空気のない宇宙空間で使用することはできません。ということは、空気のある領域ではジェットエンジンのように、空気のない領域ではロケットエンジンのように機能するエンジンがあればいい、と思い至ったのです。

ロケットエンジンとジェットエンジンの構造は全く異なりますが、単純な筒型構造を持つパルスデトネーションエンジンをベースにすることで、2つの燃焼モードを切り替えることに成功しました。現在は、実用化に向けて、性能向上、大型化、耐久信頼性の向上に取り組んでいます。

ジェット−ロケット燃焼モード切替エンジンは、周囲の大気環境に応じて、2つの燃焼モードを切り替える。(画像提供/PDエアロスペース)

5分間の「無重量」状態を体験

ジェット−ロケット燃焼モード切替エンジンを搭載したスペースプレーンが完成すれば、コストを抑えられるので、本当に誰もが行ける宇宙旅行を実現できます。

現在、想定している宇宙旅行は次のようなものです。スペースプレーンは空港から離陸し、まずはジェット燃焼モードで飛行します。高度15km付近まで上昇すると、空気が薄くなってくるので、ロケット燃焼モードへと切り替えて高度50kmの高さまで上昇し、エンジンを停止します。このあたりから、地球の重力と、機体が宇宙へ向かって進む力が打ち消し合い、機内では体がプカプカ浮かぶ「無重量状態※」を体験することができます。機体はそのまま慣性で上昇を続け、高度100kmの「宇宙の入り口」まで到達した後、今度は地球の重力により落下を始めます。高度30kmあたりまで落下すると、次第に大気が濃くなってくるので、機内では空気抵抗によるブレーキが生じ、逆Gによる重量を感じるようになります。その後、再びエンジンを点火し、ジェット燃焼モードで飛行して空港に着陸します。全体で約90分、そのうち無重量状態は約5分の飛行計画です。

この宇宙旅行を、ぜひ子どもたちに体験してほしいと考えています。地球の姿を目の当たりにすることで、環境に対する考え方や思いが変わるものと信じています。

※ 無重力は「重力」が無い状態を言います。重力は、物体が存在する以上、どこへ行っても(宇宙空間でも)存在します。「万有引力の法則」です。物体の重さと距離で、重力の大きさが変わります。
無重量は「重量/重さ」が無い状態を言います。重量が無いと、人も物もプカプカと浮きます。人工衛星や国際宇宙ステーションが浮いているのは、自身が地球の周りを高速で飛行することで遠心力が発生し、地球の重力と釣り合いがとれ、無重量状態になっているためです。

宇宙旅行の飛行計画(画像提供/PDエアロスペース)

スペースプレーンが実現する未来

当社が開発しているスペースプレーンは、航空機のように同じ機体で何度も地球と宇宙を行き来することが可能です。その機体であれば、人だけでなく、太陽電池パネルを宇宙に運んで宇宙太陽光発電所を建設するなど、物資を安定的に宇宙へ運搬できます。さらに、東京−ニューヨーク間の飛行も宇宙空間を経由すれば2時間ほどで結ぶことができます。スペースプレーンの実現は、さまざまな宇宙利用の可能性を広げてくれるでしょう。

宇宙飛行士にならなくても宇宙へ行ける時代が来ている

日本の宇宙産業の市場規模は、宇宙利用を含めて年間1.2兆円程度で、内閣府は2030年代に現在の2倍まで拡大させる目標を設定している。 その中心的な役割を担うと期待されているのが、宇宙ベンチャー企業だ。 民間企業が宇宙ビジネスをリードする世界的な潮流の中、日本の宇宙ベンチャー企業の現状とは。

海外の宇宙ベンチャー企業はすでに本格化

実は、誰もが宇宙へ行ける時代はすでに到来しています。例えば、これまでに国際宇宙ステーション(ISS)に滞在した民間人は延べ7人にも及びます。過酷な訓練が必要な「宇宙飛行士」ではなく、一般人が宇宙へ行くことはすでに実現しているのです。ただし、「誰もが」といっても1人当たり25億円の費用がかかります。しかし、ISSへの宇宙旅行とは飛行様式が異なるものですが、100分の1の2,500万円でできる宇宙旅行があったらどうでしょう。すでにアメリカではベンチャー企業がこの金額で募集を開始し、2,000人を超える人が予約しているそうです。今後も費用はどんどん下がっていくでしょう。

ほかにも、スペースXのように、火星探査の構想を発表しているベンチャー企業もあります。海外の宇宙ベンチャー企業の特徴の一つは豊富な資金力です。IT企業などでビジネスに成功した億万長者が、数百億円規模の資金を使ったロケットなどの開発を盛んに行っているのです。

注目され始めた日本のベンチャー企業

海外と比較すると、日本の宇宙ベンチャー企業は資金面を含め規模の小ささが目立ちます。また、人材の流動性やベンチャースピリッツといった精神面、法律の規制や実験できる土地の確保など、そのほかにもさまざまな困難があります。

しかし、困難な環境ではあるものの、日本にも宇宙に挑むベンチャー企業が次々と誕生しています。進出している分野は、ロケットなどを使う輸送系、衛星を打ち上げる衛星系、衛星から得られるさまざまな情報を利用するデータ利用系の3つに大きく分けることができます。

日本の宇宙ベンチャービジネスの流れが変わったのは2015年ごろで、超小型衛星を開発するアクセルスペースが20億円規模の資金調達に成功するなど、億単位で民間のお金が動き出しました。当社も、2016年にH.I.S.およびANAホールディングスと宇宙輸送の事業化に向けた資本提携を行い、開発を一段と加速することができました。

他の企業からの投資は、その企業の利益の一部を使わせてもらうということです。株主企業の社員の皆さんから少しずつ「元気」を分けてもらっているようなものですから、その期待を裏切ることがないように開発にもいっそう力が入りますね。

2016年12月にH.I.S.およびANAホールディングスとの資本提携を発表した記者会見の様子。2018年には追加出資も発表された。(画像提供/PDエアロスペース)

失敗を恐れずに、好きなことをやり続ける

2023年の商業運航開始を目指す緒川さんは、自らが歩んできた道を挫折の連続だったと振り返る。 夢に向かい続け、夢を実現させる原動力はどのようなものなのか。 あえて起業することを選択した理由とは。 将来のビジョンと共にうかがった。

挑戦することで、見える世界がある

実は、最初からスペースプレーンの開発を目指していたわけではありません。学生の頃はパイロットを目指していました。パイロットの試験に失敗した後は、宇宙飛行士を目指しましたが、これも合格できませんでした。そんなときに、アメリカのXPRIZE財団が主催する賞金レースのことを知りました。課題は、有人で高度100km以上に2週間のうちに2度到達させること。しかも同じ機体を使って、というものです。成功させたのは、従業員数が50人程度のベンチャー企業。「選ばれて宇宙に行くのではなく、自分たちで行く時代なんだ」と感じました。それならば自分で起業して、以前から構想していたジェット−ロケット燃焼モード切替エンジンの開発を始めよう、と思ったのです。

しかし、資金的な課題をはじめとして、開発をスタートしてもうまくいかないことの連続で、ときには「やめときゃよかった」と思ったこともあります。ただ、たとえうまくいかなくても、試していない別の方法をやってみようという「切り替えの早さ」が、ここまで続けてくることができた理由の一つだと思っています。

例えば、宇宙旅行の実現を高さ100kmの地点とすると、現在は5mほどの地点にいるようなものですが、たった5mでも見える世界が変わります。見える世界が変わるからこそ、次のステップに進めるのです。

日本、アジアの「スカンクワークス」を目指す

「スカンクワークス」とは、アメリカの航空機会社ロッキード・マーティンの特別研究開発部門の通称です。彼らは、これまで世の中に存在しなかった独創的な技術や機体を数多く生み出してきました。

当社の目標は、一般の人が宇宙に旅行できるくらい、宇宙輸送技術を発展させること。そしてこの技術を「エネルギーと資源を宇宙から調達すること」につなげていきたいと考えています。しかし最終的な目標は、スカンクワークスのように、航空宇宙分野で、不可能を可能に、何も無いところ(ゼロ)から1を生み出せるイノベーション集団になっていきたいと思っています。

ベンチャー企業は自分の思うように進められる一方で、資金、人材、規制など、戦いの連続でもあります。皆さんも、本当にやりたいことがあるのなら、失敗を恐れず挑戦をやめないことです。困難がたくさん出てきても、答えや道は必ずあります。見つからなければ作ってしまえばいいのです。自分自身との戦いといえます。僕らも戦い続けます。

好きな言葉は「戦え」。目の前に壁が現れても、諦めずに挑戦し続けることで、次の道が開けてくると信じています。
緒川修治(おがわ・しゅうじ)
PDエアロスペース株式会社代表取締役。1970年、愛知県生まれ。東北大学大学院航空宇宙工学専攻。航空機開発、自動車エンジン部品開発を経て、2007年にPDエアロスペース株式会社(愛知県)を設立。独自技術のエンジンを搭載した弾道宇宙飛行機を開発中で、2012年にはパルスデトネーションエンジン(燃焼モード切替)の特許を取得。2016年にH.I.S.およびANAホールディングスと資本提携。

動画:サイエンスウィンドウ ザ ムービー 2018年夏号

緒川修治さんのインタビューの様子を動画で視聴できます。(MP4形式 49MB 6分10秒 )
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