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2018 春号 (4-6月)

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[科学写真の言霊]

科学者たちが残した
魅惑的な言葉の断片から
その人となりや科学的思想を読み解き、
彼らが見つめ、
脳裏によぎらせたであろう光景を
科学写真で再現します。

「自然のいちばん繊細な手仕事は、小さなもののなかに見られます」 レイチェル・カーソン

「自然のいちばん繊細な手仕事は、
 小さなもののなかに見られます」

 レイチェル・カーソン

レイチェル・カーソン(著)、上遠恵子(翻訳)、『センス・オブ・ワンダー』(新潮社)より


小さなものたちの豊かな世界

文/さくらい伸

幼い頃、はじめて波しぶきを立てる海の前に立った時のことを、あるいは降るような満天の星空を見上げた時の気持ちを、いくつになっても鮮明に覚えている大人は少ない。アメリカの海洋生物学者であり作家のレイチェル・カーソンは言う。「子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。残念なことに、わたしたちの多くは大人になるまえに澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直感力をにぶらせ、あるときはまったく失ってしまいます」と。

子どもなら誰もが備えている神秘さや不思議さに対して目を見はる感性=センス・オブ・ワンダーを大人になっても持ち続けるのは難しいとレイチェルも認めながら、それをいつまでも持ち続けるためには、「感動を分かち合ってくれる大人が、すくなくともひとり、そばにいる必要があります」という。

大学で生物学を学んだレイチェルは、内務省の生物専門官として海洋資源などに関する広報誌の編集・執筆に携わりながら、幼い頃からの夢だった作家への道も開く。中でも、晩年の著作『沈黙の春』(1962年)は、殺虫剤DDTが自然環境に与える悪影響を膨大な資料に基づき告発したことで話題になった。人々が前だけを見てまいしんしていた時代に、立ち止まって考える勇気を促し、環境問題の扉を開いた歴史に残る一冊として今も読み継がれている。

『沈黙の春』執筆中、がんに侵されたレイチェルは、自分に残された時間が少ないことを悟っていた。自然や生き物の中で磨かれた感性、センス・オブ・ワンダーを、めいの幼い息子であるロジャーに託したいと願う。その思いは、半ば祈りのようでもあった。しかし、単に生き物の名前を教えるのではなく、海や森を二人で「探検」しながら、一緒に驚き、感激すれば、子どもは勝手に名前を調べるものだとレイチェルは考える。言葉や知識よりも、まず自然に対して純粋な目を開くことこそが大切なのだと。

下に引用した一文は、自然の中にひっそりと息づく「ごく小さなものたちの世界」を二人が探検する様子をつづった文章の中に登場する。子どもたちは、地面に近い視点で世界を見つめているからか、大人たちが見過ごしてしまう小さなものごとの美しさを瞬時に発見することができる。その感性に呼応するようにレイチェルも、「森のこけをのぞいて見ると、そのながめは、熱帯の深いジャングルのようです。こけのなかをはいまわる虫たちは、うっそうと茂る奇妙な形をした大木のあいだをうろつくトラのように見えます」と、自らも「小さなもの」となってこけのジャングルをさまよう。ゼニゴケを捉えた科学写真家・伊知地国夫さんの写真は、まさにそんな世界に我々を誘ってくれる。

幼いロジャーに託したレイチェルの思いは、その精神的なおいめいである私たちにも受け継がれようとしている。

【撮影メモ】

写真は林の中でゼニゴケの群生を見つけて撮影したものです。中央に伸びるのは雌株のたくという器官です。上から見ると小さな葉っぱのように見えますが、地べたに腹ばいになり、ゼニゴケの背丈に目線を合わせると、ヤシの木の群生のようにも見えます。左下の平べったい葉っぱはチドメグサです。ゼニゴケは他のコケと同様、湿気のある場所を好み、雨の日に水を介して受精を行います。レイチェルとロジャーのように「小さなものたち」の世界に目を凝らせば、さまざまな驚きと発見があります。

【撮影メモ】
ゼニゴケの雌株

撮影/伊知地国夫

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