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2018 春号 (4-6月)

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[自然の豊かさって何だろう?]

地域の固有性に育まれる生物多様性

森五箇公一(ごか・こういち)
五箇公一(ごか・こういち)

「生物多様性」とは、生物の絶滅ではなく、我々の絶滅に関する話。

自然がもろいなんて嘘。
人間なんてすぐ食われる、その怖さを忘れちゃダメ。

生物多様性は、地域固有の環境によって育まれ、人々はその恩恵を得て生きながらえてきた。
近年、グローバル化によって外来種が入り込むことでそのバランスが崩れはじめているという。
生物多様性の本質とは何か、人と生き物はどう向き合うべきか、生態学や外来生物のリスク評価が専門の国立環境研究所・五箇公一さんに聞いた。

アカボシゴマダラ
アカボシゴマダラ

生物の絶滅がもたらすもの

オウゴンオニクワガタ
オウゴンオニクワガタ

近年、生物多様性という言葉自体はかなり普及していますが、その本質についてはあまり理解されていないのではないでしょうか。地球温暖化であれば、地球の温度が上昇することによって各所で異常気象による災害が発生していると言えば、多くの人は納得し、問題を共有することができます。

ところが、生き物の問題は人間にとって実感しにくいものです。ある特定の生き物が絶滅したとしても、それが人間の生活に今すぐ影響を及ぼすわけではありません。推定値では生き物の進化の歴史が始まって以来、種数は右肩上がりで増え続けています。一種や二種が滅んだところで、すぐに影響が出るほど自然界はヤワにはできていません。特定の種が絶滅しても、過去の生態系からすればまだまだ種数としてはたっぷりあると考えられます。

一方で、環境がこれだけ変動しているからこそ増える種もあります。環境が安定していない分、滅ぶべき種は滅び、あちこちに入り込む隙間ができるため、そこをねらってさらに新しい種が生まれる。環境の変化に合わせて、生き物は生き物で勝手に絶滅もするし、進化もするのです。

ただし、現在のように環境が不安定かつ気候変動の問題なども起こってくると、生き物の種数が減ることで地球環境の不安定さをより加速させる可能性も出てきました。地球の大気環境、水環境は多様な生き物がいることによって安定するといわれているので、それらを構成するピースの数が多く、バリエーションがあるほど環境は安定すると理論上は考えられます。そうした安定的な環境から、人間はさまざまな「生態系サービス(人類が生態系から得る利益)」を受けてきました。生物多様性が損なわれることによって、これまで人間が手にしてきた安定した生態系サービスが得られなくなる可能性も高くなる。つまり、生物多様性は、生物にとっての問題というより、むしろ人間側の問題なのです。

エコではなくエゴなのだから

ヒアリ
ヒアリ

人間は自然界で最もぜいじゃくな生き物ですから、自然からさまざまな恩恵を受けながらなんとかここまで生き延びてきました。そうした人と自然の関わり方が変わりつつあること自体が問題なのです。生物多様性の問題は、単に「生き物が減ったらかわいそう」という感情論ではなく、あくまでも人間がこれまで通り安心・安全に暮らせるのかが問われている。エコではなくエゴイスティックな思想だと割り切るほうが分かりやすいかもしれません。

生物多様性の根幹は、地域の固有性にあります。その地域ごとに独自の環境があり、地形があり、その中で進化してきた固有の生態系がある。地域固有の生物多様性に乗っかるかたちで人間の社会や経済が発達し、同時に文化の多様性も花開いたのです。今それらが壊れつつあるのは、あきらかにグローバル化の影響です。グローバル化によって世界中が均一化に向かうと各地域の固有性が奪われ、そこで育まれた生物多様性も損なわれていきます。

加えてグローバル化はさまざまなウイルスや外来生物を拡散させることにもなり、大きな社会問題となっています。以前、蚊が媒介するジカウイルスによって発生するジカ熱が問題になりました。アフリカを起源としたこのウイルスはブラジルで大発生した後、ヨーロッパに飛び火しましたが、ブラジルに入ったきっかけは2014年のサッカー・ワールドカップだといわれています。日本でも2014年にはデング熱が問題になりました。2017年に侵入したヒアリは南米大陸原産の攻撃的なアリで、中国やアメリカから日本の港に着くコンテナとともに国内に流入して一時は大パニックになりました。以前ほどメディアが取り上げなくなったので沈静化したと思われていますが、昨年11月には広島の積荷コンテナ内でも確認されています。日本が暖かくなるとまた活動が活発化する可能性があるため、決して問題が終息しているわけではありません。

特に、2020年の東京オリンピックでも、世界中から人や物が過密都市である東京に入ってきます。テロ対策などについては盛んに取りされますが、目に見えないバイオハザード(生物学的危害)についても対策が必要です。すでに東京ではペットとして北米から日本に入ってきた外来種であるアライグマや毛皮を採るために台湾などから持ち込まれたハクビシンなどが野生化して我が物顔でかっしています。エサを求めて山から都会に出てきたサルも多い。いずれも天敵がいないため野放し状態です。もし東京に何らかの感染症が持ち込まれれば、これらの生き物を媒介者としてあっという間に広まるのではと危惧されます。感染症の観点からだけ見てもグローバル化のリスクは大きいと言わざるを得ません。

ヒアリが象徴的だったのは、まれると痛い、アナフィラキシーショック(アレルギー反応によるショック状態)で場合によっては死に至るケースもあるという恐怖もさることながら、日本の伝統や文化を破壊しかねないという点でした。たとえば、子どもの頃、誰もが砂場でアリをつついたりして遊んだ思い出があるでしょう。子どもが生き物に関心を持つ大切なきっかけです。あるいは、江戸の昔からお花見の時期に地べたに座って安心して桜を眺めることができたのも、夏の時期、素足に下駄履きで町中を歩けたのも、日本には凶暴なアリがいなかったからです。グローバル化の進展によってヒアリのような虫が日本の至る所に出現したら、そうした日本の伝統や文化が脅かされる事態に発展する可能性もあります。

日本らしい感覚が今、求められている

ヘラクレスオオカブト
ヘラクレスオオカブト

外来種問題の一つとしてクワガタムシの研究をしていた時、バンコクで開かれた国際会議で「クワガタムシは日本ではとてもポピュラーでペットにして可愛がっている。あなた達にとっても魅力的な虫なのか」と尋ねたら、「全く興味がない」「日本人はなぜこんなものをペットにするのだ」と不思議がられました。日本人は平安時代からマツムシやスズムシの鳴き声を楽しむほど、特異的に虫の飼育が好きな国民です。日本は天変地異も多く、自然にあらがうことができないため、むしろ自然の一部として自分たちは生きているという意識が強かった。だからこそ、小さな虫をで、家の中に取り入れて季節感を感じる感性が育まれたのでしょう。

なにしろこの国には神話時代からよろずの神がいるのです。道ばたの石ころにまで神を宿らせていたくらいですから、おそらく神話時代の人口より神様の数のほうが多かったに違いありません。自然災害が多く、自然に対するの念が強いため、全国には神社の数もとても多い。自然に対する愛着と畏怖。これが日本人の自然との関わり方の根源にはあるのです。

その辺りは宮崎駿監督のアニメーション映画『もののけ姫』にとてもよく描かれていると思います。触らぬ神にたたりなしとも言いますが、かつて自然界と人間界はゾーニングされ、明確な境界線がありました。人は、生物多様性をき崩しながら自分たちの領地を確保して、自然に対する畏怖の念を持ちながら狩猟採集民族として生きながらえてきたのです。

人間はちょっと油断すれば自然につぶされてしまうほどぜいじゃくです。ですから、自然や生き物をことさら美しいものだと考えず、「自然がいかに恐ろしいか」「人間はその中でいかに弱い生き物か」を再認識することのほうが大切ではないでしょうか。自然は人間が思うよりずっとタフで残酷です。自然と人間は「仲良く」するのではなく、かつての日本のように「対立的共存」に立ち返るべきです。教育の現場でも、自然の恐ろしさを正しく教える必要があるだろうと思います。生物多様性は本来、人間の暮らしの外側にあるべきもので、人が安全・安心に暮らすためには、生活圏の中に入れるべきではないのです。里山でも昔は動物が人の領域に侵入すればマタギが撃ち殺したわけです。共存とはみ分けることで、仲良くすることではない。虫かごで虫を飼うくらいがせいぜいですよ(笑)。

注釈無し画像

生物多様性とは人の暮らしの外側にあるべきもの。
生活圏に侵入させてはいけない。

自然と文化の多様性を守るとは、各々の固有性を守ること。
プチ鎖国くらいでちょうどいい。

新しいローカリズムに向けて

クワガタナカセ
クワガタナカセ

生物多様性とは生き物の話ではなく、人類の危機の話であり、日本人の危機、日本の固有性の危機の話です。「あの種が絶滅しそうだ」「一方でこんな外来種が入ってきた」といった事象は、グローバル化によって起きていることを示す一つの例にすぎません。こうしたことが行き過ぎると日本の社会や文化の固有性の崩壊につながるのではないかというのが問題の本質なのです。

生物多様性の根幹は地域性にあると述べましたが、グローバル化が急速に進む中、一方ではこんなことが言えるかもしれません。日本がもっている地域の固有性、ローカリズムの価値はこれからむしろ高くなるのではないか、と。変化に富んだ地域の地形や風土の上に成り立ってきた生物多様性、それらを基にした地域固有の生活や食文化。これらを守り、あるいは再生させていくことが、日本がこれから生き延びていく道筋ではないかと私は考えます。

今、日本に観光で訪れる外国人の多くは、都市ではなく田舎に関心があるといいます。彼らが触れたいと思う古き良き日本の風景や風物、食文化は、田舎に行けば行くほど豊富です。日本人はその価値にもっと自覚的になり、あたらしいローカリズム、あたらしい里山の風景を再編成する必要があるのではないでしょうか。日本にはそのポテンシャルが十分にあると思います。人と地域固有の自然、生き物との関係性を考えることが、生物多様性を守ることにつながるはずです。

ヤンバルテナガコガネ
ヤンバルテナガコガネ

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