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2018年 春号 (4-6月)

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[自然の豊かさって何だろう?]

海とともに生きる
〜柏島で「里海」づくりの挑戦

海とともに生きる〜柏島で「里海」づくりの挑戦
写真/柏島ダイビングサービスAQUAS

まるで亜熱帯のような美しい色彩が広がるのは、高知県の南西端にある柏かしわ島じまの海。
この海を「里海」として保全しようと取り組むのがNPO法人黒潮実感センターだ。
2017年の第5回生物多様性日本アワードグランプリに輝き、注目を集める黒潮実感センターの取り組みについてセンター長の神田優さんに聞いた。


高知の海の魅力を広く伝えて守るために

かしわじま は、現在の島民が約400人。1周約4㎞ほどしかない小さな島だ。古くから漁業が盛んな土地柄であるが、秋には深さ30m以上の海底が見えるという透明度の高い海に囲まれ、ダイビングスポットとしても人気が高い。「柏島周辺は温帯に属する地域ですが、海の中は亜熱帯に近い環境です。きれいなサンゴやサンゴ礁も多く、黄、赤、緑、青と、色とりどりの魚がたくさんいるのです」と神田さん。

柏島の海では、栄養豊富な内湾水と、貧栄養だが暖かく透明な黒潮が交わる。温帯と亜熱帯に暮らす生物が混生し、未記載種(新種)や日本初記録種などを含めると1000種に近い魚の存在が確認されているという。イシサンゴ類や貝類の多様性も高く、学術的にも価値の高い海域だ。

神田さんは大学1年生の時に初めてこの島を訪れ、海の豊かさに衝撃を覚えたという。その後も、研究で柏島に頻繁に通う神田さんに、ある転機が訪れた。高知大学が柏島に造ろうとしていた海洋センターの支所の計画が頓挫。ひどく落胆する町の人たちを前に、神田さんは「島の価値は変わらないのだから、民間や行政で海洋生物の教育研究施設を造ったら良いのでは」と発言したのだ。当時30歳、何も後ろ盾を持たない神田さんの言葉を真剣に受け止める人は少なかった。「私は、高知の海のすばらしさをたくさんの人たちに伝えたいという思いを以前から持っていました。この発言をきっかけに、たった一人でも柏島に教育研究施設を造ろうと、真剣に考え始めるようになったのです」と神田さんは振り返った。

宿毛湾の入り口に位置する柏島周辺の海は、九州と四国を分ける豊後水道と黒潮が交わり、昔から豊かな漁場を形成してきた。透明度が高くて温暖な黒潮の影響を強く受けるため、平均水温が16〜29℃と年間を通して暖かく、熱帯や亜熱帯の海で見られるような色とりどりの魚やサンゴがたくさん生息している。また、条件が良いときは30〜40m先が見通せるほど透明度が高くなることもあり、近年、ダイビングスポットとしても人気を博している。
宿毛湾の入り口に位置する柏島周辺の海は、九州と四国を分ける豊後水道と黒潮が交わり、昔から豊かな漁場を形成してきた。透明度が高くて温暖な黒潮の影響を強く受けるため、平均水温が16〜29℃と年間を通して暖かく、熱帯や亜熱帯の海で見られるような色とりどりの魚やサンゴがたくさん生息している。また、条件が良いときは30〜40m先が見通せるほど透明度が高くなることもあり、近年、ダイビングスポットとしても人気を博している。
宿毛湾は、四国の南西部に位置するリアス式海岸の湾。宿毛湾の南側に位置する大月半島の先端には周囲4kmほどの柏島がある。柏島には約400人が暮らし、大月半島との間にかけられた橋によって、陸路で移動している。
宿すく湾は、四国の南西部に位置するリアス式海岸の湾。宿毛湾の南側に位置する大月半島の先端には周囲4kmほどの柏島がある。柏島には約400人が暮らし、大月半島との間にかけられた橋によって、陸路で移動している。

住民の多様性を尊重し課題を解決することが鍵

1998年3月、神田さんは柏島に移り住み、3年後に統廃合が予定されていた柏島中学校の一室を借りて、黒潮実感センター設立準備室を立ち上げた。「実感とは、体験の先にある心に感じることです。柏島全体を1つの博物館として、黒潮による豊かな自然を実感するために学術研究や教育をおこない、地域振興と環境保全にも貢献していく複合施設の実現をめざしたのです」と当時を語る。

神田さんが最初に取り組んだのは、柏島中学校の12人の生徒に向けた環境教育。この取り組みは、大月町や隣の宿毛市の小中高校にも広がっていった。さらに、地域貢献の取り組みとして、アオリイカの増殖実験にも挑戦した。

漁業の島だった柏島に、美しい海を求めるダイビング業者が増えることは環境保全の意識を醸成する上では悪いことではない。漁業も観光業も行き過ぎれば環境破壊につながるため、両者はほどほどのバランスを保つことが望ましい。しかし、当時の島の周辺ではアオリイカの漁獲量が減少し、一部の漁師たちの間では「ダイバーが増えたからアオリイカが減ったのではないか」という不満が渦巻いていた。アオリイカはホンダワラ等の大型海藻に卵を産みつける。柏島の海では、海藻類が死滅してしまう磯焼けが進行していたため、アオリイカは卵を産めなくなっていたのだが、漁師はダイバーに原因があると考えたのだ。

そのような状況の中で、神田さんは何とか両者の関係を取り持つことが、柏島の海を守るためにも重要だと考え、新しい漁獲法を提案した。

黒潮実感センターの活動
黒潮実感センターの活動
スギやヒノキの間伐材でつくったアオリイカの産卵床を運ぶ子どもたち。ダイバー、漁業者と共に海に投入する。
スギやヒノキの間伐材でつくったアオリイカの産卵床を運ぶ子どもたち。ダイバー、漁業者と共に海に投入する。

試行錯誤を重ねた人工の産卵床

神田さんが提案したのはウバメガシの木を海底に固定し、人工の産卵床をつくる「海の森づくり」。地元の漁業者とダイビング業者が協力することで初めて実行できる取り組みだ。専門の魚類生態学の知識を活かし、アオリイカが卵を産みやすい場所に産卵床を設置したことも功を奏し、設置後すぐに、アオリイカが全国トップクラスの量の卵を産みつけたことが確認された。神田さんは「多くの方に力を借り、失敗すれば後がなかったので、本当に安心しました」と当時のひっぱくした状況を振り返る。

しかし、ウバメガシは、海岸近くの保安林の木でもあるため、この木を使い続けることはできない。そこで、翌年からは産卵床として、スギやヒノキの間伐材の利用に取り組むが、産みつけられた卵の数が、ウバメガシよりも少なくなってしまった。原因は何なのか、色、化学成分、形……さまざまな可能性を調査し、結果、アオリイカが枝の間に進入して産卵するのにちょうどよい枝の形と密度があることがわかってきた。この調査結果をもとにスギやヒノキの枝を調整したところ、ウバメガシと同じように卵が産みつけられるようになった。

産卵床が海流に流されないように、海底に固定するダイバー。ダイバーの協力によって、アオリイカの産卵しやすい場所に安定した産卵床を設置することができる。この産卵床は1年で腐り、海に帰っていく。黒潮実感センターでは、産卵床を安定して設置するために、毎年、アオリイカの里親として産卵床のオーナーを募集している。
産卵床が海流に流されないように、海底に固定するダイバー。ダイバーの協力によって、アオリイカの産卵しやすい場所に安定した産卵床を設置することができる。この産卵床は1年で腐り、海に帰っていく。黒潮実感センターでは、産卵床を安定して設置するために、毎年、アオリイカの里親として産卵床のオーナーを募集している。
アオリイカは、毎年4〜7月に産卵期を迎える。アオリイカの習性に合うように産卵床の枝ぶりを調整することで、たくさんの卵が産みつけられるようになった。
アオリイカは、毎年4〜7月に産卵期を迎える。アオリイカの習性に合うように産卵床の枝ぶりを調整することで、たくさんの卵が産みつけられるようになった。
アオリイカのメスは、7〜8個の卵が入ったエンドウマメのような形をした卵嚢を産卵床に産みつける。産卵床には1基あたり、最大で10万個の卵がつくこともあるという。
アオリイカのメスは、7〜8個の卵が入ったエンドウマメのような形をしたらんのうを産卵床に産みつける。産卵床には1基あたり、最大で10万個の卵がつくこともあるという。

自然の豊かさを守るには人の関係づくりが重要

海の森づくりを始めて3年目、神田さんは、この取り組みを地元の子どもたちの環境教育に取り入れることにした。海に育った子は山のことを知らずに育ち、山の子は海のことを知らない。海の森づくりを通して、海の子は山のことを、体験を通して学び合うことができた。すると、子どもたちを核にして、漁師、ダイバー、林業関係者がさらに密に結びつくようになった。この取り組みは新聞やテレビでも紹介され、全国に広がりつつある。

「海の森づくりは、海と人との関係性から生まれてきた取り組みです。自然を守ろうという立場と、利便性を求める立場があり、どうすれば自然に負荷をかけずそれらを両立させることができるのか。模索を続けることが大切ですし、知識のための研究と違い、結果を出さないと意味がありません。多様な価値観を持った人たちが生活する中、人と人、人と自然の関係がどうあるべきかを常に考えて行動し、その合意形成に努めることが大切です」と結んだ神田さん。今後は、宿毛湾全域に活動の場を広げるという。

「柏島の海は、日本の海の中でも恵まれた環境にあります。宿毛湾の海域には、さまざまな環境がありますし、人との関係性の中で柏島とは違う課題もあります。

それらの課題を解決することで、日本全体に広げられるような里海づくりのモデルケースを増やしたいと考えています。そしてその思いを次の世代にバトンタッチできればと思っています」

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