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2018年 春号 (4-6月)

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[自然の豊かさって何だろう?]

人間と自然が共存する里山に新たな価値を見出す

サクラソウ 林間の湿性地や草原に自生する。かつて里山でよく見られたが、今ではあまり見られない。花粉を運ぶマルハナバチや、そのハチにすみかを与えるネズミなど、サクラソウをめぐる共生関係が知られている。(写真提供/鷲谷いづみ)
サクラソウ
林間の湿性地や草原に自生する。かつて里山でよく見られたが、今ではあまり見られない。花粉を運ぶマルハナバチや、そのハチにすみかを与えるネズミなど、サクラソウをめぐる共生関係が知られている。
(写真提供/鷲谷いづみ)

「自然の営みと、私たち人間の営みが、複雑に重なり合って今の自然がある――」という鷲谷さん。
世界各国の生態系の調査経験から、日本の自然の本来の豊かさを改めて実感しているという。近年多くの貴重な生態系が失われたなかで、今、新たな視点から人間と自然との関係が見直されている。


自然に精通した人がいなくなった

皆さんは身の回りの自然環境にどれだけ関心がありますか。本来、日本列島はとても生物の多様性が豊かで、自然を楽しめる環境なのです。

一昔前なら、どの地域にもその土地の自然によく精通した人がいたものです。たとえば、生物の先生が子どもたちを野外に連れ出し、地域の自然を観察する機会をたくさん与えてくれました。自然の変化や仕組みに特に敏感な人というのは、集団内に一定の割合で存在し、昔ならそのグループの生存にも欠かせない感性・才能だったと思います。しかし、最近はそうした才能を伸ばす機会が減ってしまいました。教育においても、生物学の教科書から生き物の生態や分類といった内容が減り、細胞や遺伝子の話題が中心になってきました。これは欧米よりも日本の教育分野で顕著に起こっていることなのです。大学教育の見直しも必要かもしれません。

1990年代になってから、「生物多様性」という言葉が頻繁に聞かれるようになり、改めて自然を見直そうという機会が増えました。しかし、すでに多くの人にとって、自然の豊かさを実感としてとらえるのは難しいのです。

人の手入れで多様性が高まる

歴史を遡れば、私たち人間はずっと自然を利用して生きてきました。里山とは、人里近くの〝ヤマ〟、すなわち資源採集地である草原や森林のことを言い、日本の国土の4割くらいを占めます。里山には水田やため池など水辺もあれば、雑木林もあるなどさまざまな環境がモザイク状に広がっています。変化に富んだ環境が多様な生物の生息・生育の場を与えます。人々は、まきや山菜の採取などに里山を利用し、利用しやすくなるように里山の環境に手を入れてきました。適度に人の手が入ることで生物の多様性が保全されてきたのです。

たとえば、熊本県の阿蘇さんろくには、「千年の草原」と呼ばれる草原や森林、水田が一体となった里山があります。千年以上も維持されてきた理由の一つは、移動・運搬手段として重要だった馬の飼育に草原が必要だったからです。平安時代中期にへんさんされた法令集『えんしき』には二つの牧(国営牧場)が阿蘇さんろくに置かれていたことが記されており、馬を育てることは国家プロジェクトとして運営されました。

植物種も動物種も豊かな阿蘇の草原は、原生的な自然ではなく、人々が手をかけて作りあげたものです。雨の多い日本では、草原に何の手入れもしなければ、あっという間に低木に覆われてしまいます。そこで、人々は草を刈り、火入れをして草地を管理してきました。火入れをすることで樹木の芽生えや枯草を焼き、その下から若い草の芽が出るのを促します。

里山とは、人里近くで生活に結びついた山や森林のこと。水田やため池、雑木林などさまざまな環境がモザイク状に広がる。写真は千葉県市原市月崎付近の里山。
里山とは、人里近くで生活に結びついた山や森林のこと。水田やため池、雑木林などさまざまな環境がモザイク状に広がる。写真は千葉県市原市月崎付近の里山。

サクラソウの自生地と火山の分布

今も残るサクラソウの大規模な自生地は、火山山麓に存在する。その中には古代から馬を育てる牧(草原)として利用された場所もある。

サクラソウの自生地と火山の分布 今も残るサクラソウの大規模な自生地は、火山山麓に存在する。その中には古代から馬を育てる牧(草原)として利用された場所もある。
鷲谷いづみ著『さとやま:生物多様性と生態系模様』(岩波ジュニア新書)を参考に作図
鷲谷いづみ著『さとやま:生物多様性と生態系模様』(岩波ジュニア新書)を参考に作図
里山が直接的には経済的利益に結びつかなくなった現代では、文化や教育の側面から、その多様な価値を確かめて活かすことが大切です。 鷲谷いづみ

里山を守るには

火を利用した自然の管理は、縄文時代から続いてきました。里山では、火入れのほか落ち葉かきや下草刈りなどの定期的な管理を行ってきました。かつては、水辺のヨシやカヤなど刈り取った草は屋根をくのに使われました。長い時間をかけてつくってきた人と自然の共存関係が里山にあります。

里山のような豊かな自然は、定期的な手入れを続けることで守られてきたのです。阿蘇の草原には、現在も多種多様な動植物が存在し、日本の生物多様性保全においても重要な役割を担っています。

作物や家畜を育て、薪を集める里山は人々の経済活動と直結していました。しかし1950~60年代以降、日本が高度経済成長時代に突入すると状況が変わり、里山の経済的な価値は失われていきました。

里地・里山(〝さとやま〟)の重要な要素である水田も、多様な生物が生息・生育する重要な場所です。しかし、日本の水田はこの50年で大きく変わりました。その多くは整備によって用水路がコンクリートで覆われ、生物の生息・生育の場としての機能が失われました。整備工事の際に導入された外来の牧草があぜ道を占拠し、化学肥料の過剰使用などで引き起こされた富栄養化などの環境変化に強い侵略的外来種がまんえんし、これまでの多様な生物は姿を消しました。水田にたくさんいたメダカやタガメなどの身近な生物がいまや絶滅危惧種です。

人間の暮らしとともに長い時間をかけて作られてきた里山の自然が失われていくなかで、今、その多様性に新たな価値を見出す動きが見え始めています。経済優先の思考はなかなか変わりませんが、自然をよく観察し、目を向けることによって、その重要性に気づいていただきたいのです。

とはいうものの、この50年ほどの変化があまりにも大きかったので、行政にも教育にもそのような視点をもった人がほとんどいません。環境教育と称して、その地域の植生とはまったく違う木を植えて、人工的な森を作ろうとしているような事例も少なからず存在します。そのような場に参加させられた中高生たちが、自然の多様性を理解するのは難しいでしょう。

古代から植生管理に使われてきた「火入れ」

冬の間に枯れた草を春先に燃やすことで、新芽の発育を促す。ススキやヨシ、およびサクラソウなど多くの小さな植物は、 地中にある地下茎から春に芽が出て草原の植物の多様性が維持される。こうした手入れを行わなければ、枯草が積もり樹木が光を独占して多様性は失われてしまう。

古代から植生管理に使われてきた「火入れ」 

(写真提供/鷲谷いづみ)

人の手入れで保たれる雑木林

豊かな雑木林は、枝切りや下草刈りなどの手入れによって、日当たりを好むカタクリやスミレなどの草花が生え、昆虫なども集まり、多様な生態系が維持される(左)。

管理されない場所では、草から低木とß植物相が移り変わり、最後は光を独占する高木と、ササが繁茂する(右)。

人の手入れで保たれる雑木林

生物の多様性がもたらすさまざまな恩恵

生物の多様性がもたらすさまざまな恩恵

生物から学ぶ知恵

この地球に生命が誕生して以来、生物は環境に適応するために進化し続けてきました。生き抜くため、時間とともに多様化してきたのです。生命の誕生以来、約35億年かけて試行錯誤してきた結果が現在の生態系です。そこにはたくさんの知恵がつまっていて、学ぶべきことが多くあります。近年では、生物模倣(バイオミミクリー)が注目されています。これは、生物の機能をまねすることで新しい技術を生み出す学問のことです。すでにフクロウの羽の構造をまねたパンタグラフなど多くのものが実用化されています。

近代化されたこの200年で、さまざまな生物の絶滅リスクが著しく高まっています。いまこそ、「知恵の宝庫」である生物多様性の重要性をきちんと理解し、その価値を次の世代に残さなければなりません。そのためには保全や再生の実践が必要であり、里山などへの知識や理解、関心を高めることが求められているのです。

欧米、特に英国では教育でナチュラルヒストリー(博物学)が重視されています。生物多様性の保全に対する社会全体のサポートも厚く、取り組みが進んでいます。特に近年は市民がモニタリングに参加する「市民科学」が盛んになり、多くのボランティアが活動しています。

私の研究室でも市民科学を重要視し、東京のチョウや、コウノトリのモニタリングプログラムを情報学の研究者とも協力して研究しています。モニタリングデータによる学術的な現状把握は、対策や提言にもつながります。市民科学の広がりと発展を期待しています。

生物模倣(バイオミミクリー)

オナモミが服に付着する構造から「面ファスナー」。人知れず刺す蚊の口を参考とした「痛くない注射針」。蜂の巣の構造をヒントにした丈夫な建材など、さまざまな分野で生物をヒントにした技術が生まれている。

生物模倣(バイオミミクリー)

※本誌2009年10-11月号の特集「まねから始まる」ではこの他にも生物模倣を紹介しています。

多様な生物の恩恵を、ただ利用するのでなく、その生きざまからさまざまなことを学び取ることが大切だろうと思います。

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