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2009年 2月号

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失敗に学ぶ知恵

脇道を楽しむ心があれば 幸運な失敗や偶然に出会える
ノーベル化学賞受賞者 白川英樹 博士

プラスチックに電気を通す方法につながった発見で、2000年にノーベル化学賞を受賞した白川英樹博士。
その発見のきっかけになったのは、あるひとつの「失敗」だった。
果たして博士は、失敗をどう成功に結び付けたのか。

白川英樹 博士

幸運な失敗だった

常識的にみれば失敗でした。ですが、僕にとってみればあれは成功だったんですね。

東京工業大学で助手を務めていた1967年、東京大学に留学に来た韓国のある訪問研究者が、東工大のキャンパスにもよく顔を出していたんです。あるとき、研究熱心な彼が、ポリアセチレンの合成を経験してみたいと言うので、作り方のメモを渡してやってもらいました。

ポリアセチレンは合成しても粉末にしかなりません。粉末にしかならないから、さまざまな性質を分析する「物性」の測定は難しいとされていたプラスチックなんですね。

彼は一人前の研究者でしたし、日本語も普通に理解できる方でした。だから、うまくできないはずがない実験だったんです。ところが、ほどなくして「できない……」と言うんです。「そんなはずがない」と装置の中を見たら、そこに真っ黒なボロ雑巾のような膜があったんです。「これは……」と思いました。

なぜ失敗したのか。原因はその場ではよく分かりませんでした。ただ、とにかく僕にとって都合が良かったのは、「粉末ではない」ということでした。瞬間的に「これは粉末ではない何かの形にできることを示唆しているな」と思い浮かべました。もし薄膜(フィルム)を作ることができれば、物性の測定には最適な形になります。

常識外れの実験

実験の失敗をきっかけに、2つの意図的な目的が生まれました。「再度失敗しないために失敗の原因を突き止める」こと、そして「きれいなフィルムを作る」ということです。

原因については、どうも濃い触媒を使ったのではないかと推測しました。そこで、触媒の濃度をどんどん上げて、失敗を再現する実験をしました。ただ、この触媒は空気中で自然発火するので、常識外れの危険な実験。研究室ではやってはいけないルール「べからず集」に載っている実験のひとつでした。つまり、そのルールを知らない外部の人間だったからこそ、幸運な失敗が起きたともいえます。

結果的には、触媒を1000倍の濃度にして、攪拌かくはんして混合すべきところを攪拌せずに、表面が静かなところにアセチレンを加えれば、ボロ雑巾のような膜ができると分かりました。

では、きれいなフィルムを作るにはどうしたらよいか。これは反応容器の側壁を使うことを思いつきました。円筒形のガラス製反応容器に、濃度を高めて粘り気の出た触媒を付着させ、そこにアセチレンを加えて重合を起こさせました。すると、滑らかなフィルムができたんですね。触媒の量を調整すれば、厚さも大きさも自在に、好みのフィルムができました。

こうして物性の測定に適したフィルムができてしまえば、おのずとゴールまでの道筋は付いて、いろいろありましたが、やがてポリアセチレンに不純物を加えると電気が通ることも分かったんです。これがプラスチックに電気を通す方法の発見でした。

知性を準備する大切さ

もし、あの失敗がなかったら、どうなっていたのでしょうかね。あるいは、単なる失敗だと思って気にも留めなかったら、どうなっていたのか。

おそらく、粉末でコツコツと物性の測定をやっていたでしょうね。時間もかかるし、精密さや完成度に欠ける。僕以前の人たちはそういうことをやって行き詰まり、あきらめていましたけれどね。でも、研究者は、まずはやるべきことをやるしかありません。コツコツとやり続けていれば、もしかしたら別の角度から考えたり、幸運な失敗や偶然があって道が開けるかもしれません。

発見の道は決してひとつではなく、実験をしていると、いろいろなところに入り口が現れるのです。それこそ、ゴロゴロしています。だけど、そんな入り口は、本筋から少し外れたところ、脇道のようなところに偶然に現れたりするんです。その脇道に気付き、入って行けるかどうか。

ささいなことにも目を光らせるということが大切だと思います。脇道があれば、その脇道を楽しむ余裕も大事ですね。そこで思わぬ偶然に出くわし、そこで重大な示唆を受けることが時としてあります。私は何度もそんな経験をしてきました。

では、どうやったら偶然をものにできるのか? 物理学者のジョセフ・ヘンリーは、「準備された知性(Prepared Mind)」の大切さを唱えています。細菌学者ルイ・パスツールもやはり同じことを言ってますね。私もそう思います。

「準備された知性」というのは、十分に教養を積んでいる、という意味だと思います。誰に対しても偶然はゴロゴロ転がっているけれども、準備された知性がなければ、それに気付きもしない。逆に、好奇心旺盛で、深い認知力と洞察力を養い、準備された知性があれば、偶然に気付き、偶然をものにできるのです。

学問のつながりに気付く

この世界にあることは、すべて網の目のようにつながっていると思います。私は大学4年生のときに、ジャンケンに負けて、希望していた物質を合成する研究室に入れず、物質の性質を研究するところに入りました。でも、そんな脇道が後々役立ったんです。

専門を学び深めることは当然です。ですが、専門に徹すれば徹するほど、それと無関係なところで起きた偶然は見えなくなります。

学問には、学科の分野の壁を超えたネットワークがあります。例えば、化学反応は化学の世界だけに起こるものではありません。物理現象、生命現象、遺伝子の情報伝達メカニズムの中にも化学反応は見られ、他の科学分野とつながっているんです。また、科学は応用され技術になり社会を変えます。そうなれば、社会科学につながるし、さらには人文科学や芸術にまで関係していきます。

ということは、専門だけ学べばいいというのは、その目的の何十分の一しか達成していないことになります。一見無駄に思えるけれども、分野を超えたつながりを学ぶ。脇道を楽しむ余裕を身に付け、思わぬ偶然や予期せぬ失敗に興味を持つ。それこそが、準備された知性につながるし、普段は気付けない偶然に気付ける力になるのではないでしょうか。

この世界にあることは、すべて網の目のようにつながっている。

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